さくらは西行の桜か、醍醐桜か、ある山桜か・・・。周りに起こる出来事から
自らの過去・現在・未来の生への執着・悔恨・不条理・謝罪・希望・理想を綴り、
自らの生の確認としたい。
金足農84年以上を
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     第100回の3回戦、金足農が5−4で横浜に、大逆転で勝利し8強入り。

     


       2点ビハインドの八回、連打で1死一、二塁。立ち上がりから力投

      を続けてきた板川から、高橋がバックスクリーンへ逆転3ランを放ち

      土壇場で一気に試合をひっくり返した。

     


       そして、剛腕エース吉田輝星投手は4点取られたが、 3試合連続

      2桁の14奪三振で、強打の横浜を抑えた。

     

     

          9回161球目に150キロ
     

     

     見る者に、1984年・第66回の「金農旋風」を思い起こさせた。

     第1回大会以来となる秋田勢の決勝進出がかかった準決勝のPL学園との戦い。

     

     

     

     夏の甲子園初出場の金足農は強豪校を次々と破り、「金農旋風」を巻き起こしていた。

     準決勝の相手は、前年優勝のPL学園。後にプロ野球へ進む桑田真澄、清原和博のKKコンビ。

     

     

     金足農のエース水沢博文は、味方打線が一回に先制すると、テンポ良く変化球を内外角へ投げ分け、PL打線を抑え込んだ。五回までの被安打は1。大舞台を楽しんでいたと伝えられている。打線も桑田のカーブや直球を攻略し、金足農は再び適時打で勝ち越す。

     そして八回。1死後清原に四球。次打者の桑田に決勝の本塁打を浴びる。

     

     

          一球の恐ろしさと

     

     

     

     1984年の、その試合と同じ八回。

      一死一、二塁の好機。                                

      6番高橋が初球をフルスイング。            

      ボールがバックスクリーンに吸

     い込まれる。

     

      九回吉田投手が、4番万波、5番

     内海を連続空振り三振に抑える。

      強豪横浜を力で撃破した。

     

     再びの「金農」旋風を期待しよう。             
     

     

     

     

    Posted by : 桜の好きなKOMUT | ひとりごと | 08:23 | comments(0) | trackbacks(0) | -
    翁長知事に突然の訃報
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       沖縄県知事翁長雄志氏逝去の速報が流れた。

       人にも土地にも関心があるが遠いので、晴天の霹靂だった。

       

        今年5月 膵臓癌公表 

          7月 辺野古埋め立て承認撤回表明

          8月 謝花・富川副知事の職務代行発表

       

       

            2015.4.17

       

       

        

          新基地建設を強行する政府の姿勢を、「とんでもない固さ」、 「本当

         に傍若無人な工事状況」と言っていた。

          「(政府の姿勢に)国民が違和感なく、沖縄に造るのが当たり前だと

         思っていることに憤りを持っている。」と更に力を込めた。

           (強行する政府・容認する国民に対する「怒り」だろう。) 

                            2018.7.27 沖縄タイムズプラス

       

       

         これで、米軍基地は沖縄からなくならないだろう。

         辺野古に移転するだけだろう。

       

       

        那覇市那覇市長4期目途中の14年11月の

       県知事選で、辺野古移設反対を掲げて知事

       に就任した。

        その後も一貫して移設反対を訴え続け、

       安倍政権と激しく対立してきた。

        まだ67歳だった。

        もう一度、こういう人が現れるだろうか。 

       

       

       

       

       

      Posted by : 桜の好きなKOMUT | ひとりごと | 23:37 | comments(0) | trackbacks(0) | -
      学力テスト分析いろいろ
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         文部科学省が「2018年度全国学力・学習状況調査」(全国学力テスト・4月実施)の結果を発表した。

         地方紙SOONも、栃木県のデータを伝えた。

         

           文科省が公表した平均正答率(整数値)を基に算出した全国順位は、

          毎年調査している小6・中3の国語や算数・数学など8科目で17〜28

          位の中位にランクした。3年ぶりに実施した理科は小6が14位、中3

          が13位。正答率は全国との差が縮小し、ほぼ全国平均並み(総合24位/

          47)となった。

         

         

              to-do.net より

         

         

         「ほぼ全国平均並み」と片付けられている。

         深刻過ぎるほどに考えることもないが、記事としての表現なのか。

         

         この正答率は公立校のもので、国立・私立校は含まれいない。国立・私立校が多い地域では、実態から離れている可能性があるという受け取り方もある。

         

         

         また、小中とも地域差の縮小が続いているという見出しも見られる。

         全国平均正答数を100とし、上位3県と下位3県の平均を出すと、下位3県の底上げが進んでいるとも言う。

         

         

               日経など

         

         

         気になる分析が2つある。まず、相関ランキングを見ると非正規雇用率や離婚件数と負の相関があるとする。(児童生徒の意識調査が同時に行われる。)


           非正規労働者や離婚が多いところで正答率が低いことを意味しており

          不安定な家庭が多いところで正答率が低いと言えそうだ。小学6年生と

          中学3年生の正答率からは、中学生の方が家庭環境の影響を受けやすい

          ことが分かる。

         

         

         もう一つは、「新聞の読む頻度を聞いたところ、小学生で6割、中学生では7割が読んでいなかった。新聞を読む頻度が高いほど、国語、算数・数学、理科の平均正答率は高い割合を示した。」

         

         小6・中3では、新聞をほとんど読んでいないように思われる。高校生・大学生だって読んでないのだから。

         「文字を読んで、考える」ことが少なくなっている。だから論理的な思考によらずに、視覚的に答えを導く問いになら、対応できるのだ。

         

         辞典や事典などを使って(スマホで検索だっていい。)文章を読ませようとしているが、なかなか進まない。

         

         

         

         

        Posted by : 桜の好きなKOMUT | ひとりごと | 22:39 | comments(0) | trackbacks(0) | -
        復興五輪は
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           先日、東京五輪・パラ開催まで2年を切ったところで、被災地の反応を聞いたらしい。

           「復興を成し遂げつつある姿を世界に発信する」を理念とし、岩手、宮城、福島の被災3県での聖火リレーや競技開催が発表されたが、理念が浸透していないとの声は根強い。jiji.com

           

           

               

                いしのまき復興マラソンのスタート地点に置かれた

                 64年の東京五輪で使われた旧国立競技場の聖火台

           

           

           被災者も冷静だという。福島市の仮設住宅で暮らす人は「復興五輪といっても、東京の五輪。遠い所でやっている感じがする。」と。福島県浪江町から避難している人は、「五輪をきっかけに、復興が進んでいないマイナスの面も知ってほしい。無理して『復興』と名付けなくていいのでは。」と。

           

           こんな中で、祭り騒ぎもどうだろう。

           五輪開催経費を復興に注いでは ・・・。西日本だって。

           

           私も被災者だ。生活環境はほとんど修繕できたが、戻らないものもある。

           私にどうこう言う権利もないが、自然災害については互いに助け合い、人災については政治が最後まで責任をとるべきだ。

           

           

            そういう時、9日間復興相をした松本龍氏が逝去、67歳。

            震災から4カ月後の11年7月、訪問した宮城県庁の応接室

           で、遅れた村井嘉浩知事を「客が来るときは自分が入ってか

           ら客を呼べ。」と怒鳴り上げた。この様子がTVNewsで伝え

           られると抗議が殺到、復興相就任わずか9日で辞任した。

           

           

           知事に「長幼の序」を行えと言った。

             旧民主党政権での環境相や復興相を歴任。

           日本社会党の出発だった。1990年

           国民のための政治も、昭和も、さらに遠のいている。

           

           

           

           

          Posted by : 桜の好きなKOMUT | ひとりごと | 23:15 | comments(0) | trackbacks(0) | -
          島本理生に直木賞
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             第159回芥川賞・直木賞(日本文学振興会主催)の選考会が開かれ、直木賞に島本理生の「ファーストラヴ」が選ばれた。

             

             「島本理生」が特別に好きだということはない。

             『ファーストラヴ』が手許にあるわけでもない。

             

             理生の作品を何編か読んではいた。

               『ファーストラヴ』について、「やっぱり」と思う短い書評を読んでいた。

             だから、何となく嬉しくなったのだろう。

             

             

              手に汗握るミステリー。しかも、島本理生だ

             からこそ書ける類の。ある夏の日、血まみれの

             姿で歩いていた女子大生が殺人容疑で逮捕され

             る。彼女の名前は聖山環菜、包丁で刺され死亡

             した被害者は彼女の父親で画家の聖山那雄人。

             だが、奇妙なことに環菜自身が「動機が分から

             ない。」という。臨床心理士の真壁由紀はこの

             事件に関するノンフィクションの執筆を依頼さ

             れ、被告の弁護人となった義弟の庵野迦葉とと

             もに、環菜や周辺の人々への面談を重ねていく。

                       amazonより

             

             

             直木賞受賞のニュースの見出しは、こうだ。

             

                   直木賞受賞の島本理生さん、育児しながら執筆活動。「18年

                 来の悲願」と喜び語る

                   「子どもが産まれてから視野が広がったと思います」

             

             

              高校在学中に作家デビュー、                                 

              芥川賞の候補4回、

              直木賞の候補2回から 

              今回、直木賞を射止めた

            こともあるだろう。

             

             

             受賞コメントに、

             

                 子どもが産まれてから視野が広がったと思います。これまでは

                自分一人のために書いていた。家族を支えるというと言いすぎか

                もしれません。

             

             

             以前の暗さから脱しているだろうことが、嬉しかったのだ。

             理生は高校在学中に作家デビューするが、初期の作品には「不運な生い立ち」を思わせるところが少なからずあった。

             ある短編集で森絵都と並んでいたので、「波打ち際の蛍」「君が降る夜」「真綿荘の住人」「リトル・バイ・リトル」「ナラタージュ」などを読み比べた。

             

             

              若い世代の意味の分からない虚無感や怠惰

             な暮らし方を、なお小さい頃のトラウマが作っ

             ているようだった。

              それを生むのが大人生き方で、私自らの責

             任ある言動を求められているようだった。
             

             

             授賞式での彼女の表情は明るかった。

             主人の好物や子どもについての質問ににこやかに答えていた。

             それで、私は嬉しくなったのだろう。

             

             

             

             

            Posted by : 桜の好きなKOMUT | ひとりごと | 22:23 | comments(0) | trackbacks(0) | -
            赤いグラジオラスに
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               グラジオラスが鮮やかな赤を目立たせている。

               季節にも、景色にも似合っている。

               

               

                   

               

               

                 花言葉が密会」「用心」だというから、目立ってはいけないのだろう

                けれど。

                 古代ヨーロッパでは、人目を忍ぶ恋人たちがこの花の数で密会の

                時間を知らせていたとか。

               

               

                                                                               

                眺めるているうちに、茨木のり子の「わたしの

               一番きれいだったとき」を思い出した。

                先日ここに書き留めたのだが、少し忘れ物を

               していたと。

               

               

               

               

               I love you .の訳仕方についてだ。日本語で、どう言うか。

               

                 娘は誘惑されなくちゃいけないの。

                 それも、あなたのような人から。

                                       だそうだ。

               

               

               

               

              Posted by : 桜の好きなKOMUT | ひとりごと | 18:03 | comments(0) | trackbacks(0) | -
              失った時間
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                 テレビだったかラジオだったか、見たんだか聞いたんだったか・・・。

                 この響きが私の中に残っていたものだから、目に留まった。

                 すでに感じられなくなってしまった世代に向けた教科書にあるのだ。

                 

                 

                    わたしが一番きれいだったとき     茨木のり子

                 

                  わたしが一番きれいだったとき
                  街々はがらがらと崩れていって
                  とんでもないところから
                  青空なんかが見えたりした

                  わたしが一番きれいだったとき
                  まわりの人達が沢山死んだ
                  工場で 海で 名もない島で
                  わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった

                  わたしが一番きれいだったとき
                  誰もやさしい贈り物を捧げてはくれなかった
                  男たちは挙手の礼しか知らなくて
                  きれいな眼差だけを残し皆(みな)発っていった
                                     

                  わたしが一番きれいだったとき

                  わたしの頭はからっぽで  
                  わたしの心はかたくなで
                  手足ばかりが栗色に光った

                  わたしが一番きれいだったとき
                  わたしの国は戦争で負けた
                  そんな馬鹿なことってあるものか
                  ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた

                  わたしが一番きれいだったとき
                  ラジオからはジャズが溢れた
                  禁煙を破ったときのようにくらくらしながら
                  わたしは異国の甘い音楽をむさぼった

                  わたしが一番きれいだったとき
                  わたしはとてもふしあわせ
                  わたしはとてもとんちんかん
                  わたしはめっぽうさびしかった

                  だから決めた できれば長生きすることに
                  年とってから凄く美しい絵を描いた
                  フランスのルオー爺さんのように ね


                    ルオーのステンドグラス絵

                 

                 

                 茨木のり子は、19歳で終戦を迎えている。

                 戦時下の空襲の恐怖と飢餓体験に育まれたのだろう。

                 私の中で、彼女の美しさが彩りを鮮やかにする。

                 

                 

                 彼女の年譜を辿ってみる。

                 1977年(51歳)、夫を失った2年後、代表作の一つ「自分の感受性くらい」を世に出した。

                 そして、「倚(よ)りかからず 」は、73歳の作品だ。

                 

                 

                 2006年彼女は急逝する。80歳。きっちりと生きることを心がけた彼女らしく遺書が用意されていた。

                   「私の意志で葬儀はいたしません。・・・『あの人も逝ったか。』と

                   一瞬、たったの一瞬思い出して下されば、それで十分でございます。」

                 

                 

                 私は、すでに多くの時間を失ってきたが、まだ間に合うところがあるかもしれない。

                 

                 

                 

                 

                Posted by : 桜の好きなKOMUT | ひとりごと | 21:14 | comments(0) | trackbacks(0) | -
                虚数 i
                0

                   

                   目の前の高校生が複素数の計算をしている。

                    (2+3)×4

                   

                   この  を虚数という。          

                   

                   計算としては、

                                             

                     定まらない数▢や Xと同じだ。

                       3+▢=5 ▢=2 

                         X+3=5  X=2

                   

                   だから、(2+3)×4i=i+12 i × i

                               =8i+12 i2

                   

                   

                   虚数のは、1,2,3・・・の実数と違う。

                   さらに違うのは、iの二乗が−1、0より小さい数になるということだ。

                   

                   

                         

                   

                         二乗して −1 ,0より小さくなる ・・・。

                   

                   

                   

                   この  は虚数で、存在しない数。

                   

                   言葉の上では、「虚」は中味のないこと、事実でないこと、嘘だ。


                   

                   iPSの「i」は、induce(人工的に誘導した)という意味だそうだ。

                   iPhoneの「i」は、Internetの意で多く使われている。そのほかに、Individual,Instruct,Imform,Inspire 等の意味が込められているらしい。

                   

                   

                   

                       (愛)  ✖  (愛)   −1

                   

                   

                     で、−1 と読んでしまった。虚数、虚実だね。

                   

                   

                   

                   

                   

                  Posted by : 桜の好きなKOMUT | ひとりごと | 19:55 | comments(0) | trackbacks(0) | -
                  幸せと感じること
                  0

                     

                     現在の幸福感を聞かれると、100満点で表した場合その大部分人が100満点で80点と答えたという。(あるビジネス専門学校生300人対象)

                          80点80% 50点12% 100点8%

                     

                     

                     注目するのは別の問いで、多数派       

                    の「80点」が、まあまあ幸せだと感

                    じ、今の状態に強い不満を持ってい

                    ないことに対し、「100点」という

                    激しい幸福感の持ち主が、明確な不

                    満を持っているということが分かっ

                    たということだ。

                     

                     

                     

                     「幸福」というのは「欲求の満たされた状態」だから、「幸福」のイメージは「満足」と重なっていて、これは矛盾しているようにも思われる。

                     

                     

                      かつての思想家たちに中には、

                      「幸福な日々の連続くらい耐えがたいものはない。」

                     と言った人もいる。

                      矛盾しているが、私たちの「実感」に奇妙に訴える

                     真実性を持っている。

                      そして、「幸福」というものの捉え難い本性に至る

                     ための一つのヒントがありそうだ。

                     

                     

                     先の「幸福」のイメージは、行為の後に来る、到達されるべき状態としての満足感であり、静的な幸福感だ。

                     

                     

                     これに対して彼らの中には、「幸福は活動である。」とそれよりは活動それ自体に伴う充実感であることを強調した人もあった。 

                     パスカルは、「なぜ人は、獲物より狩りを好むのか。」と問いかけたことに注目される。ゲーテは、これを ― いわば〈生きがい〉を求める人間の精神であるとした。

                     

                                           

                     「幸福」を周囲が作った尺度で測ることに眼を

                    つぶれるだろうか。自らの幸せを求める行動の先

                    にではなく、そのものの中に見いだせるだろうか。

                    心の奥にある「幸福」の種に、大きな緑を育てら

                    れるか。いわば、挑戦だ。   

                                   自らのイメージで一杯に膨らませた風船

                     

                     

                     

                     

                    Posted by : 桜の好きなKOMUT | ひとりごと | 21:13 | comments(0) | trackbacks(0) | -
                    ヒトが弱くなっている
                    0

                       

                       悪質タックル問題に揺れつづけ、収拾も決着も付いていない日大と日大アメフト部。

                       先日、選手一同で声明文を発表した。

                       

                         被害を受けた関学大QBら関係者に向けて反則行為を謝罪し、

                        加害者となった宮川泰介選手へも将来的な部への復帰を願った。

                       

                       

                           

                       

                       

                         同日の関東学生連盟の臨時理事会で、内田正人前監督、井上奨

                        前コーチに永久追放、部に団体活動の無期限停止の処分が下った。

                       

                       

                        Ω 部の指導体制も含め生まれ変わったと認めていただいた時には、

                         他のチームとのプレー許してください。その時可能であればチー

                         ムメイトにも再びチームに戻ってきてもらいたいと願っています。

                       

                       

                       「出してやるから潰して来い。」と言われて、反則タックル。

                       「監督の指示でやってしまった。」と顔を出して謝罪会見。

                        (監督コーチの指導・部内の様子が明らかに)

                       

                       

                       「潰して来い。」で、あんな場面でタックルするのは、あの選手の判断力のなさだし、忍耐力に欠けている現れだ。

                       指導者よりも早い謝罪会見は、「お涙頂戴」だ。

                       自分の犯した愚行に耐えることが出来なかったのだ。

                       

                       

                            セクハラなんて言っているようでは

                       

                       

                       場外に、こんなコメントする人がいる。

                       

                          日大アメフト部の体質は、上からの指令は絶対で、誰も反論する

                         ことは許されない旧態依然の「軍隊」そのものであった。

                          選手の育成も、威圧的統制の下に絶対服従を強いるものだった。

                       

                       

                       「指導者」と「選手」には、大きな年齢差がある。

                       その間に、受け手の選手が変わってしまっていたのだ。

                       

                       選手は強くなろう、勝とうとは思いながら、辛い環境に負けてしまった。

                       選手だけではなく、ヒト自体が弱くなっているのだろう。

                       

                       

                       

                       

                      Posted by : 桜の好きなKOMUT | ひとりごと | 22:29 | comments(0) | trackbacks(0) | -
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