菜の花畑の向こうの月
2017.04.15 Saturday
蕪村の「菜の花や月は東に日は西に」という句の風景にあえないものかと思っていた。
以前もそんなことを言っていたが、まだ実現としていない。
私の所のような関東の山あいでは無理で、もう少し早めに南の方へ探しに行けばよかった。西も東も、地平線が見えるような平らな土地なら菜の花畑があって、3月半ばから咲いているだろう。
山村暮鳥の「風景」の〈いちめんの菜の花 いちめんの菜の花 ・・・〉のような光景が浮かぶ。
蕪村も、広々として菜の花越しに眺めたのではなく、摩耶山から見下ろす菜の花畑と、同時に昇る月と沈む太陽を見たらしい。
こういう光景の画像はない。手で描いても伝わるが、なかなかそれは叶わない。次の画像に出合った。時間帯だけで、月も太陽もない。
右側が西だろう、手前の菜の花畑に、沈もうとしている太陽の光が差している。
この時、東に月が昇ってくる。
では、いつ頃だったのか。
安永三年の三月二十三日に詠まれた句だとされている。
(グレゴリオ暦なら1774年5月3日)
やはり、この句は眼前の風景を詠んだものではないということだ。
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現代の私たちにとって旧暦の日付そのものが、おおよそ月齢を表しているから明らかだ。
この歌が詠まれた当時の暦での三月二十三日は、下弦の半月だったろう。まさにこの時間帯には、「月は東に日は西に」とは不合理だ。
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「月は東に日は西に」の情景が見られのは
満月の前後だ。月が出てからわずかなに時間
(10分程)に、この光景が見られることになる
ところが、この「前後」や「ほど」が厄介だ。
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日の入りの時刻は1分程度遅れていくが、月
の出る時刻は一日に1時間近く遅れていくから。菜の花、月、日、揃ったのを見るには相当の準備が必要だ。
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もっと偶然性に迫られるのは、「天候」だ。それが究極の美を呼んでいるようで、現実的だ。
そんな偶然に出くわしてみたい。
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こんなことを考えた始まりは、時季的なことからか「西行の『ねがはくは花の下にて春死なむそのきさらぎの望月のころ』の桜と如月の望月」の光景を思い描いたことだ。