さくらは西行の桜か、醍醐桜か、ある山桜か・・・。周りに起こる出来事から
自らの過去・現在・未来の生への執着・悔恨・不条理・謝罪・希望・理想を綴り、
自らの生の確認としたい。
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面白い授業って
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     ある地方紙(soon)が、兄弟のお笑いコンビの兄の方のコメントを載せてい

    た。「わたしと今とツナガル世界」という欄に、600字くらいの「必要と

    されるプロ意識」という見出しがついていた。

     

     出だしは、私には手厳しい。

     

        通っている高校での授業中、おしゃべりしている子や寝ている子を

       怒っている先生を見て、考えてしまった。

        サボっている生徒が責められるのは当然ですが、一方で、もっと彼

       らが面白がるような工夫は出来ないものだろうか、と。

     

     

     全く耳の痛い話だ。

     高校の三年生なら、もう卒業まで2、3時間しか残っていない。そういう生徒を150近く見ているので、他人事とは思えない。

     そして、目の前の現実が同じなのだから、「そうだ。」と同調してしまう。

     

     終わりが見えてきて、「これだけは言っておこう。」というものを、例などの資料を用意すると、紙も時間も、労力もその3倍はかかってしまう。

     それでも結果は同じなのだ。

     

           

          

     

     

     授業風景を写真に記録しようとすると、整然としていることが少なくない。それはそれでいい。

     文部科学省が新しい指導要領で導入を勧めている「アクティブラーニング」どころではない。

     まあ、すぐにどうのということでもないし、知らないから生きていけないというものでもない。外のものと同様に、知識ととしていると便利だったり、自分の世界が広がったり、豊かになったりすることもあるだろう。

     

     

     

        「先生のあり方」について書いてしまいましたが、これはただ、僕

       に一番身近なプロが学校の先生だからで、仕事で映画に出させていた

       だいている僕自身にも跳ね返ってくる言葉です。人から常に必要とさ

       れるのは、とても難しい。毎日精一杯精進するしかない。

     

     

     

     参考になる意見だ。

     また彼は、「国語便覧」を副教材にしているという。

     

       厚く重いから、ロッカーに眠らせている。

       現代文から古典文、漢文までの資料、文法や

      修辞等が説明してある。

       また、万葉集から現代までの文学史もあるの

      で、読書のための本選びの参考書にもなる。

       大人のための教科書にしている人もあるとい

      う。ほしいんだが、どこで売ってるかという質

      問を聞いたことがある。高校生に、使い古しを

              もらうのが一番いい。

     

     

     教員も、互いに授業を参観し合ったり情報を交換したりして、指導法の工

    夫改善に努めているのだが、鬼ごっこを繰り返している。

     

     

     

       

    Posted by : 桜の好きなKOMUT | ひとりごと | 15:21 | comments(0) | trackbacks(0) | -
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