さくらは西行の桜か、醍醐桜か、ある山桜か・・・。周りに起こる出来事から
自らの過去・現在・未来の生への執着・悔恨・不条理・謝罪・希望・理想を綴り、
自らの生の確認としたい。
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今時の芥川賞
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     「芥川賞、すごいなぁと。ちょっとびっくりしています。それと、ちょっとホッとしているのと……。まぁ以上です。」 第156回芥川賞受賞者記者会見の山下澄人さんの「今の心境」だと。

     

     この選考結果などを選考委員の吉田修一さん告げた。

     「しんせかい」は山下さんが高校卒業後に学んだ脚

    本家倉本聡さんの「富良野塾」での体験を題材にした自

    伝的小説。主人公は狭い共同体にいても周囲と同化せ

    ず、浮き上がりもしない。「王道の青春小説として面

    白く読めるだけでなく、『冷やされた言葉』で書かれ

    ているのが新鮮という声があった。」 (YOMIURI ON LINE)

     

     本文冒頭はネットでも。私は、それしか読まない。

     新潮社のHPでは。

       十代の終わり、遠く見知らぬ土地での、痛切でかけがえのない経験―

    19歳の山下スミトは演劇塾で学ぶため、船に乗って北を目指す。辿り着いた

    その先は【谷】と呼ばれ、俳優や脚本家を目指す若者たちが自給自足の共同

    生活を営んでいた。苛酷な肉体労働、【先生】との軋轢、そして地元の女性

    と同期との間で揺れ動く思い。気鋭作家が自らの原点と初めて向き合い、記

    憶の痛みに貫かれながら綴った渾身作!

     

     しょんぼり 私は読まない。

       

       倉本聡が描いた「富良野塾」のドラマ化「北の国から」を視聴した後の

      感想を毎週毎週話す同僚に辟易して以来、この関連が大嫌いになった。

       我慢して読んだ又吉直樹「火花」、村田沙耶香「コンビニ人間」の系列だ

      ろうと思うから。

     
         期待はしていなかったが、  村田沙耶香「コンビニ人間」に、評論家小

      谷野敦氏が、「芥川賞史上最高レベルに面白い」「史上三本の指に入る 

      面白さ」と絶賛していた。
     

                               

      時代を反映している。

      人まで、convenient な物にしてしまったか。 

       
     

     その2015年のJーPOPの年間売り上げランキングNo1は、AKBー48の「僕たちは戦わない」(作詞秋元康 作曲YoーHey 178万枚)だった。どんな歌か分からない。聞かないから。

     

     遡ること35年、1980年の一位は、久保田早紀の「異邦人」だった。

       「子供たちが空に向かい両手を広げ ・・・」という歌い出しの曲は

       一人歩きしていることに戸惑うほどだ当初には想定していなかっ

       たエキゾチックなイメージを加味し、シルクロードのイメージを

       増幅させるため民族楽器も本曲に使用されて、インパクトのある

       中東風の雰囲気が漂っていた。」という。(140万枚)

     

     

     この80年代には、20回のうち9回で「該当作品なし」だった。

     受賞者で今も書き続け、その作品を見かける人は少ない。

     その前に、有名なのが連なっている。

       古井由吉「杳子」 李恢成「砧をうつ女」

       山本道子「ベティさんの庭」 郷静子「れくいえむ」 三木卓「鶸」

       野呂邦暢「草のつるぎ」森敦「月山」畑山博「いつか汽笛を鳴らして」

       日野啓三「あの夕陽」 林京子「祭りの場」 中上健次「岬」

       岡松和夫「志賀島」 村上龍「限りなく透明に近いブルー」

       三田誠広「僕って何」 池田満寿夫「エーゲ海に捧ぐ」

       宮本輝「螢川」 高橋揆一郎「伸予」 高橋三千綱「九月の空」

     

     

     八〇年代は、世の中全体が浮かれていたバブルの時代。サッチャリズム、レーガノミックスが台頭し、「小さな政府」を標榜する新自由主義経済への道が開かれた時代。雑誌文化が興隆をきわめ、メディアが教えるスポットに若者たちが群がったマニュアル文化の時代。マンガやアニメが「子ども文化」の枠から離脱し、家庭用ゲーム機という新ジャンルが誕生したサブカルチャーの時代。構造主義やポスト構造主義に関心が集まり、・・・現代思想がオシャレに感じられた時代。以下略

     

       読書へ誘導する魅力を感じる小説が生まれないのは時代のせいか。

     

     偏見かもしれない。

     芥川賞の選考基準などを再確認して、止めることにする。

     

       菊池寛の「話の屑籠」によって、純文学の新人賞と

      して設けられ、話題性の高さをジャーナリズムが採り

      上げ続けてきた。たびたびベストセラーも創りだした

      が、そのジャーナリスティックな性格がしばしば批判

      の的になっきた。

       忘れているのが、「群像新人賞をとってから」など

      「雑誌の宣伝」にやっているということだ。

     

     その商業的な性格を認めて公的な性格を与えるために、財団法人日本文学振興会を創設したが、財源は文藝春秋の寄付に拠っていて、役員も主に文藝春秋の関係者、選考委員にも偏りがあり「終身制」なども批判されてきた。

       

     

     『逆行』で第1回芥川賞候補となったが落選した太宰治について、選考委員の川端康成(1935〜70年選考委員)が、「作者、目下の生活に厭な雲あり。」と私生活を評したのからみると、やはり「作品」より「作者」だったのか。

     太宰は、「小鳥を飼い、舞踏を見るのがそんなに立派な生活なのか。」と文芸雑誌『文藝通信』10月号で反撃した。この年、佐藤春夫を知り師事する。佐藤も選考委員であり、第1回の選考時には太宰を高く評価していた。

     (太宰は建設的な生活をしてはいなかったようだが、パビナール中毒は前年の腹膜炎の手術時の痛み止めから中毒したものらしい。)

     

     

    Posted by : 桜の好きなKOMUT | もん・さいじき | 19:41 | comments(0) | trackbacks(0) | -
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