さくらは西行の桜か、醍醐桜か、ある山桜か・・・。周りに起こる出来事から
自らの過去・現在・未来の生への執着・悔恨・不条理・謝罪・希望・理想を綴り、
自らの生の確認としたい。
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あぢさゐどき
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     各地で紫陽花祭りとして花を見せている。

     近いところのを、出掛けた帰りにちょっとだけ見てきた。

     

     梅雨の休みなら朝か夕方がいいと思ってきたから、ついでではない。

     

     

         

     

     

     ここでは、いろいろな種類の紫陽花が、様々な色で見せてくれた。

     

     「いほふがごとく」だ。

     

       紫陽花は、匂わない。

       「にほふ」と歌う万葉集では、花などの

      美しさが周囲に照り映える様子を表す語。

       実は、梅雨の時季に欠かせない風物詩と

      思える紫陽花が、古典和歌では不人気だっ

      たらしい。

     

     

     紫陽花の歌は万葉集に2首あるが、平安時代にはほとんど見えなくなる。

     雨に濡れる紫の艶やかさなど、平安時代にぴったりだと思うがそうではなかったようだ。

     

                           

      ◇ 万葉集の和歌

     

       言問はぬ木すらあぢさゐ諸弟(もろと)らが

              練りのむらとにあざむかれけり 家持 巻四・七七四

     

       (言葉を言わない樹でさえ紫陽花のように移り変わりやすいものです。

        諸弟らの練達な心に騙されました。)

         紫陽花が、人を欺く不実なものの譬えに使われている。色が変わり

        やすく、しかも実を結ばない花だからだろう。

     

                             

      ◇ 平安時代の和歌

     

       茜さす昼はこちたしあぢさゐの

              花のよひらに逢ひ見てしがな

                  作者不明 古今和歌六帖

       

       (昼間だと噂がうるさくて嫌だから、よひ(宵)に逢いたいものです。)

       「こちたし」は言痛しで、噂が嫌だ。「あぢさゐの花のよひら」は、「よ

        ひ(宵)」を言うためで、4枚ずつ咲く額紫陽花の花びらのこと。 

     

     

     

      平安の王朝人の和歌の方が好きだ。

      小紫陽花こあじさい(もともと自生種)は、甘い香りを

     放っている。夕靄に広がるその香りは、待ち合わせ

     る女性のものと間違えそうだ。

     

     

     

     

    Posted by : 桜の好きなKOMUT | もん・さいじき | 20:12 | comments(0) | trackbacks(0) | -
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