さくらは西行の桜か、醍醐桜か、ある山桜か・・・。周りに起こる出来事から
自らの過去・現在・未来の生への執着・悔恨・不条理・謝罪・希望・理想を綴り、
自らの生の確認としたい。
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来たるべき春に求められる e.
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     一足早い春の到来に笑顔が絶えない。

     かつて、沖縄からともにランディングしたあの頃 …。

     

     

           21日世界ラン展

          

     

     こういう春を迎えるには、相当の e. が求められる、と感じた。

     

     春を告げる花が咲きだしたとか、光りを感じるようになったとか、気温が少し上がってきたとか …。

     そんなことで、自らに春を引き寄せること出来ない。

     

     

     それは、希ねがいを持っているからだという。

     

     

           

                      Album 相聞 イメージ

     

     

        希い希う人ほど 希いを口に出さない

        誰に打ち明けてみても 届かなかった日が多すぎて

        欲にまみれた希いばかりが 先を争って叶っていく

        ささやかな希いばかりが 粉雪のように残される

        肩を抱いてみても 頬を寄せてみても

        何ひとつ ほんとに聴いていなかったんだ

        つつましい希いだったのに

         ・・・            ねがい『相聞』

     

     

     これ程の e. は、まだ私には備わっていない。だから春は来ない。

     

      もう、大人しく生きようと考えればいいのに

     いつまで経ってもどこまで行っても、出来るん

     じゃないかなどという妄想にとらわれている。

      滑稽、以外の何ものでもない。

      その人が真剣であればあるほど、周りには

     そう見えるものらしい。

     

     

     e. は、鍛えても備わらない。蓄えようと引き寄せれば逆に逃げて行く。

     この執着を笑い飛ばしてくれ。

     

     

     

     

    Posted by : 桜の好きなKOMUT | ひとりごと | 22:36 | comments(0) | trackbacks(0) | -
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