さくらは西行の桜か、醍醐桜か、ある山桜か・・・。周りに起こる出来事から
自らの過去・現在・未来の生への執着・悔恨・不条理・謝罪・希望・理想を綴り、
自らの生の確認としたい。
<< 鶯の啼く音に | main | もう長持ちせずとも >>
春分の雪
0

     

     念おもいも供物も特別ではないが、今日は雨が来る前に墓に参らなければならないと思ってきた。

     弟がそれを察したかのように、黙って付いてきた。

     

     帰ってお茶を飲むと雨なった。

     そして、間もなくやって来る桜の話などをしていると、雪になった。

     

     

       いかにせむ 花まつほどの 淡雪は

     

          まなく降れども 積もらざりけり    俊頼
     

     

         

     

     

     すでに十年にはなる亡くした両親の回忌は細かくやってきた。急かされることはないはず …。

     しかし、母が何か言いた気にしていた暮らしを思い起こすことがあって、仏壇でなく墓に参らなければならないと思っていた。

     

     

      3,4日前に開いた桜に雪が降っただろうか。そん

     な稀な出来事があるくらいだから、我が身にも何か

     良いことが起きる前兆に違いないと思いたい。                                                     

     『螢川』(宮本輝著)で、銀蔵爺は「蛍が降るように出

     るんじゃ。こんなことは滅多に起こることじゃねぇ。」

     と言い、竜夫はそれを待ち望みながら暮らす。

     

     

       目標に向かって障害を切り開いてゆく強い姿勢に欠けている。私。

       それは能力の一つだろうから、今ここに来て、それがいいと言われ

      ても鍛えようがない。

     

     

     成らずとも、向かった事に価値ありとしよう。

     

     「ない」と断ることは、「ある」ということだ。 

     かつて(2016年Sep.)、JTのCMに、こんなのがあった。

     

         https://youtu.be/5XHEzbKUx38

     

     私は古典の授業に使ったが、評判はよくなかった。

     

     

     

     

    Posted by : 桜の好きなKOMUT | もん・さいじき | 22:10 | comments(0) | trackbacks(0) | -
    コメント









    この記事のトラックバックURL
    http://mori-komut.jugem.jp/trackback/677
    TOP
    ブログランキング・にほんブログ村へ
    にほんブログ村