さくらは西行の桜か、醍醐桜か、ある山桜か・・・。周りに起こる出来事から
自らの過去・現在・未来の生への執着・悔恨・不条理・謝罪・希望・理想を綴り、
自らの生の確認としたい。
春秋の争い
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     県北部那須塩原市の大山巌元帥墓所に続く「大山参道」の、イロハモミジ
    約80本が紅葉して、緑・橙・赤の色彩豊かなアーケードとなっていることが伝
    えられている。

          

     私の住まいからも近いが、散歩道にしている人たちにとっては、一つの宝
    を掌中にしているようなものだ。


     この近くに住んでいる人たちは、もう一つの財を持っている。
     春の桜だ。歩いても行ける距離に、桜の名所・烏が森がある。

         


     この人たちも、私たちも、このどちらが素晴らしいかと優劣を争ったりはしない。

     日本の文学史には、「春秋の争い」という風雅な論争があった。「春と
    秋ではどちらが情趣に富み、いずれが趣き深いか」を巡るもの。日本人の
    春と秋への関心を表すものだが、単なる好みで
    選ぶ領域だ。       

     額田王は、〈秋山吾は〉と応え、平安の歌人
    は、〈春はただ花のひとへに咲くばかりものの
    あはれは秋ぞまされる〉と詠んだ。源氏物語
    (野分)には、『春秋の争いに昔より秋に心よす
    る人は数まさりけるを』とある。
                    秋は夕暮れ
                                                         
     争いの形を借りて季節の味わいを深めるなど、四季の巡りの鮮やかな風土に暮らす我々にだけ恵まれた贅沢かもしれない。ゆとりを忘れ、些細なことには心の動かないた昨今のだが、春秋の優劣を競うような〈遊び心〉があってもいいのではないだろうか。


     
    Posted by : 桜の好きなKOMUT | ことば | 08:21 | comments(0) | trackbacks(0) | -
    23,28,33の公倍数
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       最近の自らの 不調・怠慢・堕随・誤謬・横着・失敗・堕罪 を認め、その原因を何かに求めていた。
       散々さまよって行き着いたのが、23、28、33 の数字の組合せの、いわゆる バイオリズム だ。
       逃げ かもしれない。

       人間の体内には、一定の周期を持つ3つのリズムがあるといわれている。

         

        P 身体23日周期:体力・耐久力・抵抗力・スタミナ・エネルギー・勇気
        S 感情28日周期:感情・気分・神経・直感・感受性・反射力・創造力
        I 知性33日周期:知力・思考力・記憶力・分析力・判断力・集中力

       こうしてみると、3つの正弦曲線は重なることなど考えられないほど、くっきりと形取っている。
       数字のうえでは、23,28,33 の公倍数は 23×28×33 の 21252 だから、1年365日で割ってみると、58.22465 ・・・年。
       およそ58.2年で循環する。東洋の干支の60年サイクルに近い。
       
       誕生日を起点とするなら、その58.2年に1回、3つの周期が最高に達する日が来るはずだが、長くて考えにくい。
       
          
       
           


       チャートの見方によれば、診断値が「0」になるのが要注意日だということだ。+−で高潮期・低調期と考えるらしい。その程度の受けとめ方でいいのかもしれない。

       それら不調などの原因を明確にせずに、PCが計算してくれた数値を信じることにしよう。古代から人間の運命の周期性は、信仰などに利用されてきた大本だから。


         
      Posted by : 桜の好きなKOMUT | ことば | 06:31 | comments(0) | trackbacks(0) | -
      寝ても覚めても皇帝ダリア
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         この頃になると、皇帝ダリアの咲くのが楽しみだ。
         いや、霜に当たらずに花を開くかどうかが心配でたまらない。
         ちかごろ、私の周りでも栽培する人が増えている。(栽培・年越しに訳あり。) 当然屋外で栽培されているが、突然やってくる寒気による降霜で、一朝にやられてしまうことがある。野外での栽培の北限を感じている。

         今週月曜日26日に初霜があってからは、ずっと天気を心配している。
         まだ、咲かない。(花芽が伸びきっていないから、今霜が来ても耐えられるかもしれないが。)

                             


           昨年の様子 


         咲いていないもの出しても仕方がない。
         ああ、今年も、こんなにきれいに咲いてくれと願うばかりだ。

         見上げるほどの高いところで、薄紫の大きな花を開いていた方がいいが、今日か明日かと気に掛けるのがいい。
         そして、気がかりで見に行ったり、近くを通ったりする。別な木の様子や昨年のものなどを見て待っていられる。

         何時でも見ることができる。同じようなものなら、すぐに手に入る。− 今は、すべてに、そういう環境が出来上がっている。
         映像なら、満開だったものも、今咲いているものも見ることが出来る。生きているものなら、少し南に行けばいい。

         帰途、自分が生きるための食糧を買いにスーパーに行く。心の栄養に本屋に寄る。ついでに、花屋を覗く。目当てのものはない。
         ダリアがあった。ソフトピンクにボルダーカラー。

               

         違うなあ。ああ、やっぱり皇帝ダリアがいい。
         条件を変えれば、何時でもどこでも見られるが、自分と関わりを持つ木が、薄紫の花を身一杯に付けるのを望む。


         
        Posted by : 桜の好きなKOMUT | ことば | 23:11 | comments(0) | trackbacks(0) | -
        おまじない
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           長月は十三夜をめでるので、今日の十五夜は忘れられてしまう。
           雲まで出て、いたのかとさえ思われてしまうだろう。


            大きなものや満ちているもの、尊さや輝き
           を感じるもの ・・・を見ると、願い事を唱えた
           くなる。
            どうも、満月に対しては、そういうことは
           行われてこなかったようだ。
            言い伝えをみると、新月の日に願い事を繰
           り返し唱えると叶うと信じるということもあ
           ったらしい。
            「ちちんぷいぷい七里しちりけっぱい」とい
           う、厄除けの呪文だ。


           その “おまじない” に、「まぶたを撫でてもらうと、いい夢がみられる」というのがあったと知った。
           それが何と、芥川龍之介の文章なのには驚きだ。手紙文でもある。                                                      

              もう遅いから(午前一時)、やめます。文ちゃんはもうねてゐる
             でせう。ねてゐるのが見えるような気がします。もしそこにボク
             がゐたら、いい夢を見るおまじなひに、そうつと眶まぶたの上を撫
             でてあげます。
               〈芥川25歳から恋人塚本文17歳への書簡より〉

           芥川と言えば、手紙だとはいえ、生活と芸術は相反するものだと考え、生活と芸術を切り離すという理想のもとに作品を執筆したと言われてきたから。また、身近な短編「羅生門」や「鼻」、「芋粥」「地獄変」などにみられる教養や理知的なものからは、想像でないものを感じてしまったから。

                                           
            文ちゃん(親友山本喜誉司の姪)さへボクと
           一緒にゐてくれればボクは決して負けないと
           思ってゐます。・・・文ちゃんがお菓子なら
           頭から食べてしまひたい位可愛い気がします 


           これが芥川の手紙かと思われるほどだ。
           翌年二人は結婚する。
           そして、10年後睡眠薬自殺をする。

           この “おまじない”の頃が、最も幸せの時だったろう。


           
          Posted by : 桜の好きなKOMUT | ことば | 23:01 | comments(0) | trackbacks(0) | -
          秋海棠が咲いた
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             夜明け前の通り雨は、その日の好天気を約束したようだ。

             その昇ってきた朝日の受けて、秋海棠が花びらも茎も、鮮やかに際立たせている。

               花伏して柄に朝日さす秋海棠(渡辺水巴)

             名前の通り、秋になったことを告げられる。
             住まいのまわりでは絶えずに、この頃になると必ず顔を見せてくれる。
             控えめで、可憐な花、咲き方は、和風の雰囲気を醸し出す。

             どこから、そういう名前がついたのか、別名に「断腸草」とある。
              (断腸の意味は、「はらわたの千切れるほどの悲しみ」だ。)

                    
             
             花からは想像されない。
             『墨東奇譚』等の永井荷風が、自分の家を「断腸亭」、日記を「断腸日乗」(日記)と呼んでいたそうだ。「断腸」という言葉を使った謂われを確かめるために、『フランス物語』なども読んでみよう。(ウィキペディア 東京大空襲で自宅も類焼、集めた書籍や庭の草花も灰燼に帰す。その後は、放蕩生活で、誰にも看取られずに死んだとか。私の生まれた4年後のこと。)




             
            Posted by : 桜の好きなKOMUT | ことば | 23:45 | comments(0) | trackbacks(0) | -
            「見る」の意味―竹取物語で
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               いきなり古文。竹取物語の冒頭、生い立ち・成長から貴公子たちの
              求婚に続くところだ。

                 この児(ちご)、養ふほどに、すくすくと大きになりまさる。
                 三月(みつき)ばかりになるほどに、よきほどなる人になりぬ
                れば、髪上げなどさうして、髪上げさせ、裳(も)着す。帳の内
                よりも出(い)ださず、いつき養ふ。                     

                 よろづの遊びをぞしける。男はうけきらはず
                呼び集(つど)へて、いとかしこく遊ぶ。世界
                のをのこ、貴(あて)なるも卑しきも、いかで
                このかぐや姫を得てしがな、見てしがなと、音
                に聞きめでて惑ふ。そのあたりの垣にも、家の
                門(と)にも、をる人だにたはやすく見るまじ
                きものを、夜は安きいも寝ず、闇(やみ)の夜
                に出でて、穴をくじり、かいばみ惑ひ合へり。

                〈  大人の女性になったかぐや姫に髪上げなどさせて、結婚させ
                  たいと願う翁嫗。世間の男たちは、どうにかしてこのかぐや姫
                  を得たい、妻にしたいと、噂に聞いては恋い慕い、思い悩んだ。
                  翁の家の垣根にも門にも、家の中にいてさえ容易に見られない
                  のに、誰も彼もが夜も寝ず、闇夜に穴をえぐり、覗き込むほど
                  夢中になっていたのだ。 〉

               「見る」を「妻にしたい」、「結婚したい」などと口語訳している
              注釈書が多いから、生徒は、このまま受取りノートに書く。

               それで悪くもないが、辞書に当たらせる。
               ( いっぱいあるな。確かに、「結婚する」ある。)

               そこで、こんな余談をした。
               百人一首に、こんな和歌があると、黒板に書いた。
                
                  相見ての後の心に比ぶれば
                   昔は物を思はざりけり
                          43番 権中納言敦忠
                夫婦 になってから、あなたを()気持()ちがます
               ます()くなりました。 ()()べますと、()あなた
               にあこがれていたころの物思()いなど()したもので
               はなかったのです。(日本語ジャーナル)


               いきなり、N君に話しかける。
               「答えなくていいから …。今、彼女いますか。最近デートしましたか。」
               「いません。」(みんなの前では、いるって答えられないよな。)
               
               「相は、互いにだね。見るは、辞書にある〈逢う・会う〉だ。」
               「だから、デートみたいなもんだ。いない、とすれば …想像して。」
               「思い出して貰おうか、想像じゃなくて …。今デート帰ってきたところだ
              とする。この和歌だと、デートする前より彼女のことをいろいろと、深く思
              っている、と言ってるよね。」
               
               「見る、の の意味を見て。夫婦となる。異性と関係を持つ。」
               「これだね …。」

               「敦忠は、相手の京都・西四条の女性(やがて神宮の斎宮となり神域へ入っ
              て出会えなくなる人)に、逢えなくなるその日、こんな歌を榊の枝に結び付け
              て贈ったらしい。」

                この例でも、古典の文章(和歌を含めた古文)は、言葉一つ
               一つに深い意味を持たせ、美化するためにいろいろと準備し
               て婉曲に表現している。そこに魅力を感じる。
                一種の憧れである。


               
              Posted by : 桜の好きなKOMUT | ことば | 07:14 | comments(0) | trackbacks(0) | -
              来夏参院選 17、18歳の65%が「投票」
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                 「投票に行く」と答えているが、実現するかどうか楽しみだ。

                      6月17、18日、
                         調査会社「マクロミル」の17、18歳の登録モニター
                        1038人から回答による。

                 選挙権年齢を「18歳以上」に引き下げる改正公選法の成立を受け、共同通信社が17、18歳を対象にインターネットを通じて実施したアンケートによると、来年夏の参院選で投票する意向を示した人が計65.7%に上った。

                 総務省によると、前回2013年参院選での20歳の投票率は31.4%(一部の市区町村を抽出した平均)で、単純には比較できないものの、一定の関心があることをうかがわせた。(資料 時事通信)


                 この「前向きな態度」には、疑問を感じている。

                   ○ 政治に関心があるかを尋ねると「大いに関心がある」と「ある程
                    度は関心がある」が計63.4%、「あまり関心はない」と「まった
                    く関心はない」が計36.6%だった。

                   ○ 選挙権年齢の引き下げに伴い、民法で大人と見なされる成人年齢
                    も18歳に引き下げるべきかどうかを聞くと「18歳で成人にする
                    べきだ」が33.0%で、「今まで通り20歳でよい」が57.5%
                    と上回った。成人年齢の引き下げには消極的な傾向が見える。

                 私の周りの同年代の人たちを見てみると、「政治に関心がある」ようには感じられない。「まだ、対社会的に責任を持つ立場」ではなくてよい、と考えているように思われる。

                  
                 人口減少で投票率が下がることに危惧する政府の考えに導く方策に合致しそうだ。
                 何も考えずに、考える能力を持たない選挙人をつくって、投票に行かせる一方法に過ぎない。

                    選挙権年齢の引き下げに賛成する人は多かったが …。 

                         

                 政治の行方を考えて、選挙をもって政治に参加する国民が増えることを期待して止まない。
                 改正公選法は来年6月19日に施行され、施行後初めて公示される国政選挙が最初の適用対象となる。
                 投票率がどう出るか、楽しみだ。


                 

                Posted by : 桜の好きなKOMUT | ことば | 22:03 | comments(0) | trackbacks(0) | -
                「違憲」三学者の逆襲
                0

                   国会は異例の延長がなされ、安全保障関連法案の審議は継続している。
                   22日衆院平和安全法制特別委員会では、有識者5人を招いて参考人質疑を行った。

                   1人は先の、野党推薦の小林節慶大名誉教授で、「憲法に違反し、政策としても愚か。廃案にすべきだ。」と重ねて主張した。

                   これに対して、
                   与党が推した西修駒大名誉教授は、「戦争抑止法案だ。」と法整備の必要性を訴え、集団的自衛権についても「明確に憲法の許容範囲だ。」と指示。
                   民主政権で防衛相を務めた(与党推薦)森本敏氏も、「周辺諸国の脅威に対応する十分な体制が、今の法体系では出来ていない。」と、現行法の不備を指摘した。
                   
                                    

                   あと2人の元内閣法制局長官までも、「違憲」を指摘している。
                   宮崎礼壱氏。違憲性を指摘、取り下げを要求した。
                   阪田雅裕氏。「従来の政府解釈の基本的論理を変更するものだ。」と指摘。

                    
                                                                             
                    初めの、小林節慶大名誉教授は今月4日の衆院憲
                   法審査会で、長谷部恭男早大教授、笹田栄司早大教
                   授とともに「憲法違反」と指摘している。

                   
                   そして、すぐに菅官房長官が「認識の相違」と見解を述べた。
                   次いで安倍首相は、G7後の会見から「合憲」の政府見解を力説続けた。

                        

                   注目したのは、この後の小林、長谷部、笹田三学者の反論だ。
                   小林氏は、「『合憲』と判断する政府見解の根拠として、最高裁による1959年の砂川判決を挙げ、憲法を無視した政治を行おうとする以上、独裁政治の始まりだ。」と述べている。(15日時事通信)

                        

                   
                   衆院憲法審査会は15日、高知市で地方公聴会を開き、一般公募の6人が憲法をめぐり意見を述べた。集団的自衛権の行使容認を盛り込んだ安全保障関連法案に5人が反対し、賛成は尾崎正直高知県知事だけだった。

                   「独裁政治の始まり」を使った三学者の逆襲は、もっと広く認識されたい。


                   
                  Posted by : 桜の好きなKOMUT | ことば | 11:56 | comments(0) | trackbacks(0) | -
                  実は数字拘っている
                  0
                     
                      足は、手の3倍の速さで老化する、ということを肝に銘じて、とにかく身体を動かすようにと考えている。
                      日曜日のWALKING&SLOWJOGGINGからくる筋肉痛(臀筋、脹脛・足首がひどかった。)は、まる3日が経つころにはほとんど解消しつつある。




                       実は、身体を動かさなければならない限界まで来て
                        いると感じていた。トレーニング云々といった状況で
                        はないと思っていたのだ。


                       体重を気にしながら生活し続けてきた。メタボにならないため
                        には、年齢相応の理想の体重を維持しなければならない。
                         ゴルフのためには、体重をボールに乗せる体重も必要だが、
                     上半身の捻転をスムーズに行う腰の切れもほしい。
                          ランニングのためには、贅肉をそぎ取った遅筋にしなければな
                       らない。


                       その体重を保つために、1日2回は体重計に乗って確認していた。
                      それが、年末年始の“食っちゃ寝”の生活からオーバーし、1kgオーバー
                        を推移して一時戻したにもかかわらず、運動不足で、そこから恒常的に
                        は落ちてこない。空腹時でも、500g〜1kg超過し続けている。

                                                                                  
                         原因を見極めるために、ダイエットの方法からみる
                        ことにした。一般的に、ダイエットを阻む悪習慣には
                        次のようなことが挙げられている。それに対して、
                        自らの生活は、・・・。
                       1 寝る前の食事     2 睡眠不足    
                       3 濃い味付の食事      4 水分補給の不足 
                         5 過度の飲酒

                        「ダイエットに成功した人」の生活方法なども試してみたが明らかに
                       1と5は改善を要することを自覚している。

                      1’ 夕食の時間が遅く、就寝までの時間が短い。方法というより、生活の
                           様式の変換が必要だ。
                      2’ 睡眠時間の理想は、7〜8時間だという。時間は大丈夫そう。質の善
                           悪には自信がない。
                      3’ 塩分・糖分の取り過ぎには注意している。出来合いの物を食べること
                           が多くなっている。
                      4’ 日中はお茶に頼っている。余計な水分を摂らないで動く方だ。
                      5’ 確かに酒の量が増えている。酒を飲むことで摂取する熱量の全てが脂
                           肪になるという。

                      改善は難しい。大きく調子を崩さないうちに、前向きに動き出さないと、
                     とは考えているものの・・・。



                     ♢ 酒を適量にすることが第一かもしれない。

                     ♢ 理想的な睡眠時間を確保し、その質を上げ
                      ることが、その次か。

                     ♢ ランニングをする。継続し、限界にも挑む。


                      鍵は、食欲にも関係の深い睡眠にもありそうだ。睡眠不足は、食欲抑制と
                     脂肪燃焼をアップさせる「レプチン」というホルモンの分泌を促すという。 


                     

                     
                    Posted by : 桜の好きなKOMUT | ことば | 21:25 | comments(0) | trackbacks(0) | -
                    抗しきれないメラビアンの法則
                    0
                       
                        私は髪がうすい。いや、ない。だから、年齢よりも更けて見えることだろう。
                        外見は正直だ。25歳の人が35歳くらいに見えたって、大した変りはないだろう。私のように、半世紀以上も生きた者についても、取りたてて言うことでもない。

                        誰かと会った時の最初の印象は大事で、その後のチャンスを左右すると言われる。その第一印象は、心理学的な4つの情報をもとに、イメージが形成されるらしい。
                        情報とは、「外見(服装・表情)」・「態度」・「話し方」・「話の内容」で、「話の内容」が7%、それ以外が93%だというのが、メラビアンの法則だ。
                                                                       
                                                                                                                                                            
                        今さら、2〜3秒の間に決まる相手の評価を上げる          
                      努力は要さないだろう。

                       
                       その「外見」で、「老化」との関連の記事を見た。(下野)
                       高齢者が、自分を実年齢よりも若いと思っているか、どうかだ。(外見には関係なかったかもしれない。)

                       
                         期間
                        2004〜2013.3
                         対象 
                        52歳以上の約6500人

                       対象者実年齢平均 65.8歳

                       自己評価年齢平均 56.8歳



                         A実年齢より3歳以上若い 
                         B実年齢−2歳〜+1歳
                         C実年齢より1歳より上

                        「自分が感じる年齢よりも若いと思っている高齢者は、そうでない人に比べて死亡率が低いようだ。」と言える結果を得たという。

                        追跡期間中に、実年齢よりも
                        「1歳以上年をとっている」と感じている人の死亡率が24.6%で
                        「3歳以上若い」と感じている人のそれは      14.3%。

                        死因別には、心臓疾患系の病気による死亡と関連がみられたが、がん死との関連はなかったとしている。実年齢より老いていると感じる背景を探るため、身体の病気やうつ、喫煙などの生活習慣といった様々な項目について影響を分析した。結果、病気や不健康な生活習慣などがあると死亡リスクが高まることは分かったが、それらの影響だけでは、死亡率の高さは説明できないという。


                        「年よりの冷や水。」も、「年甲斐もなく…」も、悪くはないのか。
                        「がんばり過ぎると、老化する。」というのもある。


                        プロフィールの画像は、これらを手前勝手に解釈して、好感を持って使っている。


                       
                      Posted by : 桜の好きなKOMUT | ことば | 22:51 | comments(0) | trackbacks(0) | -
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