日本人で二人目のノーベル文学賞を受賞した作家の大江健三郎が亡く
なった。88歳、老衰だった。
現代人の魂の救済をテーマに文学的な思索を重ね、日本文学史に残る
名作を著して続けた。
「書く」ことと同時に何より「読む」ことを大切にした。
ただ読むのではない。「真面目な読者とは、『読みなおすこと』をす
る読者のこと」と語り、決めた本を何度も読んだと言われてきた。
その原点は、愛媛県の田舎で育った子ども時代にあるとも言われ
る。戦中から戦後の厳しい時代、母が手に入れた物語を読み耽り、
その楽しさに目覚めたとも。
松山での高校時代、渡辺一夫の著作に感銘を受け、上京後仏文学
を学び国内外の文学作品に浸り、創作を始めた。
私は、2012年、『根本的なモラル』という題の講演を聴いた。
文学(小説)における〈文体〉について。
生い立ちや読書生活から思考過程が成立していったこと。
国家の文化とも呼ぶべき子ども(いわば 大江自身)の教養を
仏文学から受け取ったこと。
ポール・ヴァレリーのナチについての表現位置(理解・描写)や
ミラン・クンデラの表現方法もとても興味をそそられた。
根本的なモラルとは、すべての中で根本にある倫理的なもので
いわばモラルエッセンシャルである。これこそが文学の目的であ
り、子どもたちが受けとめるべき、生きる社会環境である。
それが今危うくなっている。子どもたちに受け継ぐべきものを
その危惧とともに私は持ち続け、言い続ける、と。
― 子どもと言ったのは、聞き手に教員が多いということも・・・
死者たちは、濃褐色の液に浸って、腕を絡みあい、頭を押しつ
けあって、ぎっしり浮かび、また半ば沈みかかっている ・・・。
初期作品『死者の奢り』の一節だ。生硬でイメージ豊か。読んだ言葉
が、文学の言葉となり自らの体からあふれ出したかのようだ。
書くことと同時に読むことを大切にした大江の言う
「真面目な読者」になるべく、読み直すことになるだろう。
また、大江健三郎は、戦後文学を牽引しただけでなく、一貫して反
核・反戦のメッセージを発信し続けた。
東日本大震災の11年の、6月19日には「6・11脱原発100万人
アクション」として脱原発デモを呼びかけ、6万人規模のデモが
行われた。
講演のどのあたりだったか、「九条の会」にも参加しているという話
があった。余談だと前置きして ・・・ どんな内容だったか、記憶もメモも
ない。ただ、梅原猛や澤地久枝などの名前が出たのを覚えている。
大江文学が大きな感動を与えるのは、生き方そのものに裏付けられて
いるからだ。
私は、次世代に読み継がれることを待っている作品群の繋手になる。