さくらは西行の桜か、醍醐桜か、ある山桜か・・・。周りに起こる出来事から
自らの過去・現在・未来の生への執着・悔恨・不条理・謝罪・希望・理想を綴り、
自らの生の確認としたい。
「モノ」への執着は技術革新から
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     時代は「モノ消費」から「コト消費」へ――。

     市場は成熟し、すでに必要な「モノ」はほとんど手に入り、人々の関心は、「モノ」の所有欲を満たすことから、経験や体験、思い出、人間関係、サービスなどの目に見えない価値である「コト」に移行してきている、と言われている。。

     

     コンパクトデジタルカメラを買った。落として、撮影が出来ないこともないが、ちょっといい写真が撮れそうだったから。

     

          

                OLYNPUS FE-4020 & SH-3

     

     梅の木を5m離れて、28mmで撮影する。そして、マクロで。

     

         

     

                   

     

        FE−4020はボケル

     

                   

     

     (ボケは、FE-4020のレンズが白へのピント合せが苦手なのだ。)

     望遠だと差が出る。105mmと600mm。400万画素と1680万画素。

     siz 約10.0×2.0×5.5h=130g  約10.5×2.5×6.0h=270g少し重い。

     

     他社の物と大した違いはない。が、OLYMPUS が好きなのだ。

     

     小型・軽量のミラーレス一眼を、コンパクトデジカメ感覚で使おうと、「PEN EPM2」を持っている。(2012年から)

     10.5mm×2.5mm×6.0mmh=425g「タッチAFシャッター」や「ストライプスクリーン」がいい。動画も可だがあまり使わない。

     

        E-PM2  

     

                    E-P2

     

     オリンパスは、2009年に「マイクロフォーサーズシステム規格」に準拠した世界最小・最軽量の一眼レフ「オリンパス・ペンE-P1」を発売。

     さらに一眼を常に持ち歩ける小型軽量ボディー、上質な外装仕上げ、一眼としての高画質、すべてにおいて新しいミラーレス一眼「E-p2」を出した。これに飛び付いた。12.0×3.0×6.5mmh=552g

     

     小さくて気軽に持ち歩ける物に執着してきた。

     撮影の仕方がへたでも、「目で見るように、撮すことが出来る」カメラに近づいている。

     

     

     

    Posted by : 桜の好きなKOMUT | もん・さいじき | 19:18 | comments(0) | trackbacks(0) | -
    和歌に託す
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       JTが、「ひとのときを、想う。」というコマーシャルをやっている。

       6篇の「日本のひとときシリーズ」で、茶道篇、(和食篇)、折鶴篇、水引篇、和歌篇、華道篇と呼べるだろうか。

       

       その和歌篇が気になって、繰り返して聞いてしまった。

       30秒くらいの間だから、見逃し、聞き逃してしまう。

       

       
               
             
                           いとおしい人のことを想って和歌を詠む。
              和歌はラブレターでした。
           
          
         

         会えない時間は、会っていない時間より、

         人を想っている。
       
       短い言葉が、端的に言い表している。
       たどたどしい日本語が、一層こころに痛い。
       
       
       
              
                                               
                                                  
                                                        
       この間、私が『伊勢物語』の第一段「初冠」を使って話したかったのは、こういうものだった。
       千年ほど遡ってみて、ああ私たちはこの遺伝子を受け継いでいるはずだと思うのだ。
       今度は、これを使ってやってみようか。
                                                        
                                                       
       
          ブログを始めて4年と294日、500記事目だった。
      Posted by : 桜の好きなKOMUT | もん・さいじき | 23:34 | comments(0) | trackbacks(0) | -
      今時の芥川賞
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         「芥川賞、すごいなぁと。ちょっとびっくりしています。それと、ちょっとホッとしているのと……。まぁ以上です。」 第156回芥川賞受賞者記者会見の山下澄人さんの「今の心境」だと。

         

         この選考結果などを選考委員の吉田修一さん告げた。

         「しんせかい」は山下さんが高校卒業後に学んだ脚

        本家倉本聡さんの「富良野塾」での体験を題材にした自

        伝的小説。主人公は狭い共同体にいても周囲と同化せ

        ず、浮き上がりもしない。「王道の青春小説として面

        白く読めるだけでなく、『冷やされた言葉』で書かれ

        ているのが新鮮という声があった。」 (YOMIURI ON LINE)

         

         本文冒頭はネットでも。私は、それしか読まない。

         新潮社のHPでは。

           十代の終わり、遠く見知らぬ土地での、痛切でかけがえのない経験―

        19歳の山下スミトは演劇塾で学ぶため、船に乗って北を目指す。辿り着いた

        その先は【谷】と呼ばれ、俳優や脚本家を目指す若者たちが自給自足の共同

        生活を営んでいた。苛酷な肉体労働、【先生】との軋轢、そして地元の女性

        と同期との間で揺れ動く思い。気鋭作家が自らの原点と初めて向き合い、記

        憶の痛みに貫かれながら綴った渾身作!

         

         しょんぼり 私は読まない。

           

           倉本聡が描いた「富良野塾」のドラマ化「北の国から」を視聴した後の

          感想を毎週毎週話す同僚に辟易して以来、この関連が大嫌いになった。

           我慢して読んだ又吉直樹「火花」、村田沙耶香「コンビニ人間」の系列だ

          ろうと思うから。

         
             期待はしていなかったが、  村田沙耶香「コンビニ人間」に、評論家小

          谷野敦氏が、「芥川賞史上最高レベルに面白い」「史上三本の指に入る 

          面白さ」と絶賛していた。
         

                                   

          時代を反映している。

          人まで、convenient な物にしてしまったか。 

           
         

         その2015年のJーPOPの年間売り上げランキングNo1は、AKBー48の「僕たちは戦わない」(作詞秋元康 作曲YoーHey 178万枚)だった。どんな歌か分からない。聞かないから。

         

         遡ること35年、1980年の一位は、久保田早紀の「異邦人」だった。

           「子供たちが空に向かい両手を広げ ・・・」という歌い出しの曲は

           一人歩きしていることに戸惑うほどだ当初には想定していなかっ

           たエキゾチックなイメージを加味し、シルクロードのイメージを

           増幅させるため民族楽器も本曲に使用されて、インパクトのある

           中東風の雰囲気が漂っていた。」という。(140万枚)

         

         

         この80年代には、20回のうち9回で「該当作品なし」だった。

         受賞者で今も書き続け、その作品を見かける人は少ない。

         その前に、有名なのが連なっている。

           古井由吉「杳子」 李恢成「砧をうつ女」

           山本道子「ベティさんの庭」 郷静子「れくいえむ」 三木卓「鶸」

           野呂邦暢「草のつるぎ」森敦「月山」畑山博「いつか汽笛を鳴らして」

           日野啓三「あの夕陽」 林京子「祭りの場」 中上健次「岬」

           岡松和夫「志賀島」 村上龍「限りなく透明に近いブルー」

           三田誠広「僕って何」 池田満寿夫「エーゲ海に捧ぐ」

           宮本輝「螢川」 高橋揆一郎「伸予」 高橋三千綱「九月の空」

         

         

         八〇年代は、世の中全体が浮かれていたバブルの時代。サッチャリズム、レーガノミックスが台頭し、「小さな政府」を標榜する新自由主義経済への道が開かれた時代。雑誌文化が興隆をきわめ、メディアが教えるスポットに若者たちが群がったマニュアル文化の時代。マンガやアニメが「子ども文化」の枠から離脱し、家庭用ゲーム機という新ジャンルが誕生したサブカルチャーの時代。構造主義やポスト構造主義に関心が集まり、・・・現代思想がオシャレに感じられた時代。以下略

         

           読書へ誘導する魅力を感じる小説が生まれないのは時代のせいか。

         

         偏見かもしれない。

         芥川賞の選考基準などを再確認して、止めることにする。

         

           菊池寛の「話の屑籠」によって、純文学の新人賞と

          して設けられ、話題性の高さをジャーナリズムが採り

          上げ続けてきた。たびたびベストセラーも創りだした

          が、そのジャーナリスティックな性格がしばしば批判

          の的になっきた。

           忘れているのが、「群像新人賞をとってから」など

          「雑誌の宣伝」にやっているということだ。

         

         その商業的な性格を認めて公的な性格を与えるために、財団法人日本文学振興会を創設したが、財源は文藝春秋の寄付に拠っていて、役員も主に文藝春秋の関係者、選考委員にも偏りがあり「終身制」なども批判されてきた。

           

         

         『逆行』で第1回芥川賞候補となったが落選した太宰治について、選考委員の川端康成(1935〜70年選考委員)が、「作者、目下の生活に厭な雲あり。」と私生活を評したのからみると、やはり「作品」より「作者」だったのか。

         太宰は、「小鳥を飼い、舞踏を見るのがそんなに立派な生活なのか。」と文芸雑誌『文藝通信』10月号で反撃した。この年、佐藤春夫を知り師事する。佐藤も選考委員であり、第1回の選考時には太宰を高く評価していた。

         (太宰は建設的な生活をしてはいなかったようだが、パビナール中毒は前年の腹膜炎の手術時の痛み止めから中毒したものらしい。)

         

         

        Posted by : 桜の好きなKOMUT | もん・さいじき | 19:41 | comments(0) | trackbacks(0) | -
        春一歩
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           立春に、遅過ぎた寒中見舞いの礼の声を聞いた。

           相手には見えないが、顔から火が出る思いだ。

           スマホと一緒に頭を下げているのは、向こうには見えない。

           

           やっと紅梅が一輪、二輪咲いたところだ。

           あの強い香りに誘われて、摘まんでテーブルにおいてしまった。

           

             しべに見とれて、時が進む。

           

           

           

           風もなくて、気温が上がった。

           やはり、全国的に立春か ・・・。

           

           そんな時、河津桜が咲いたというニュースを見つけた。

           

                

                 神奈川県中井町北田

           

             中井町北田の旧大山街道で沿道に並ぶ15本の河津桜がほころび

            始め、濃いピンク色に彩られた光景が春の足音を感じさせている。

            桜は近くに住む住民(82)が15年前、初の内孫の誕生を祝い、伊豆大

            島を遠望する丘に植えた。

             今季は例年より2週間ほど開花が早く、1月下旬頃に咲き始めた

            という。「高校受験の孫も結果が花開くように願っています。」と、青

            空に映える花々を見上げていた。(4日 神奈川新聞 暮らしの話題 )

           

           

           日本橋眦膕阿任31日までの、島田恭子の今年の桜を見逃していた。

           いくつか画像で見たが、新しいのがあったのを確かめていたが ・・・。

           

           

           昨年も、前後して河津へ、沖縄へと、河津桜・緋寒桜と見に行った。

           今年も、この河津桜を「桜巡礼」の始まりにしたいものだ。

           

           

           

          Posted by : 桜の好きなKOMUT | もん・さいじき | 23:05 | comments(0) | trackbacks(0) | -
          受験生一般入試へ
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             高校生の動きを見ていると、大学入試も実力勝負の「一般入試」の期間に入ったようだ。

             知らないうちに「推薦」で決めてしまっている生徒もいるし、「一般」に向けて緊張している生徒もあまり表情に出さないようで、話題にしにくいと思ってみてきた。

             

             私の教える一方は母校で、自らの将来への挑戦を拒否するような、後輩たちの勉強の様子には歯がゆさを感じてきた。

             それは、全国的な流れでもあるようだが ・・・。

             

             

                   

             

             推薦による入学者の割合が、56.8 %だ。

             以下、参考にさせてもらった。

                   http://tanuki-no-suji.at.webry.info/201412/article_3.html 

             

             

             推薦入試では、3年生になってからほとんど「総合的な教科の学習」をしていない。出願の9月からの7か月間勉強していないと言ったら、言い過ぎかもしれないが。

             (受験勉強の中で学ぶ各教科の基本は、就職後も役に立つことがある。)

             

             そして、「挑戦」がない。

             そのために、少なくとも半年の時間が与えられる。

             相手が一流でなくてもいい、「自らが設定した目標」を達成したときの成就感は、必ず自己肯定感を増幅するものだと考える。

             

             1年生には、国語の授業の中で、「学び」意義等について話した。

             2年生には、少しの資料を使って、受験についても「挑戦」を説いた。

             高校は、進学者の割合の確保と、指定校推薦枠の維持を期待としている。

             

             私は、講師だから異邦人でいいだろう。

             

             

             

            Posted by : 桜の好きなKOMUT | もん・さいじき | 21:47 | comments(0) | trackbacks(0) | -
            大学入試セ試験からあれこれ
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                 センター試験1日目に行われた国語の試験で、受験生の心をかき乱す

                セリフが登場し、話題を集めている。

                   それは、ズバリ「おっぱい」。しかも、明治大正期の女流作家の作品

                に、突如現れた。受験生からは「気を取られた」「俺の心を激しく動揺

                させた」との声が寄せられている。

               

               これは、Yahoo!にupされたJcastニュースだ。さらに、説明はあるが。

               

                   話題としたのは、「国語」の2問目に出題された物語文。女流作家

                野上弥生子が1912年に雑誌「ホトトギス」で発表した「秋の一日」

                だ。秋の一日、主人公・直子が2歳になる子どもと一緒に文部省美術展

               

               

               

               覧会(文展)を見に行く。その会場に着くまでの出来事

               と会場内での出来事が描かれている。その後半部分で会

               場内で女の裸体像を見つけた子どもが「おっぱい。おっぱ

               い」と言葉を発し、同行した女中や主人公がこれを聞い

                 て笑い出す場面が出てくるのだ。

               

               

               嘘だ、は言い過ぎか。。作った話のようだ。

               映像こそ真実だとする現代の若者にとって、その程度の描写で心が

              揺らぐはずがない。

               

               

               日本の近代文学において、女性作家の奮闘は素晴らしい。

               試験から離れて、いわゆる文豪の名作が読まれていないというアンケート調査の結果が出た。(Jタウン研究所 「第70回読書世論調査」)

               

                1位 蟹工船18.8%  2位 たけくらべ14.0%  3位 山月記11.9% 

                    4位 檸檬10.2%  5位 舞姫8.8%  6位 人間失格8.8%  7位 暗夜行路

                 8.1% 8位 細雪6.7%  9位 坊っちゃん6.5%  10位 雪国3.3%

                 (これらの発表年 1890,95〜1906,15〜1946,48)

               

               

                5人に1人は、読んだことない。この作品は、1929年

               に発表され、北洋で操業する蟹工船で働く貧しい労働者

               たちの群像が描かれている。戦前のプロレタリア文学の

               代表作だ。2008年、再脚光を浴び、新語・流行語大賞

               で流行語トップ10に選ばれ、DVDも発売された。

               

               

               

                五千円札でもおなじみ樋口一葉の「たけくらべ」。

               明治時代中期、1895年から翌年にかけて、「文学界」

               に掲載された小説だ。東京・吉原を舞台に、少年少女

               の淡い恋を描いている。

               

               

                1890年に発表された短編小説。ドイツに留学した主

               人公が、絶世の美少女と恋に落ち、やがて悲劇的な結

               末を迎える。自らの留学体験をもとにした回想録の形。
                「人間失格」は1948年発表。太宰の遺書のような

               自伝的小説、戦後を代表するベストセラー。

               

               

               

               これらが読まれないのは、まず読書自体が困難になっているということが挙げられるだろう。

               いろいろと想像を巡らしながら、紙の頁を1ページ1ページめくるなんてことが、彼らに出来るはずがない。

               

               私は、高校生100人に、これらの名作を読んだかどうか聞いてみた。

                舞姫11人 羅生門80人 雪国6人 銀河鉄道の夜21人 山月記65人

               読んだ生徒数が多い「羅生門」、「山月記」は教科書の教材だ。実際に授業で読んだに違いない。

               

               「舞姫」も同様なのだが、「文語調」であり指導側が避けたか、読んだという意識が弱いか、どちらかだと思う。戦後70年以上、今の高校生にとっては戦前の名作は、源氏物語(の歳)と同じだろう。

               

               

               

                実は、一番読まれていた名作は、漱石の「坊っちゃん」

               の 61% だった。

                私の生徒たちでは、40人 (%) だった。

                まあ、読んでくれればいい。
                                                                              

              Posted by : 桜の好きなKOMUT | もん・さいじき | 22:47 | comments(0) | trackbacks(0) | -
              今時赤い実
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                 真岡バイパスを南に走ると、道幅の割に片側一車線で、車のスピードは上がらない。

                 その分、景色を見ながら走る。今時、何もない。

                 

                 枯れた田畑を抜けてきたから目に留まったのか、両側に街路樹が青々と続いている。

                 さらにゆっくりになると、赤い実が見える。

                 

                 

                            

                 

                 

                            

                 

                 

                 街路樹を作っているのが、クロガネモチ(黒鉄黐)だと、後で分かった。

                 この辺りよりも南に多いようだから、普段見かけないのは訳だ。葉は春に入れ替わるという。(Wikipedia)

                 その濃い緑の硬そうな葉の中で、赤い実が燃えるが如しだ。

                 

                 

                 赤い実は目立つ。南天やピラカンサではない。

                 主を失ったのであろう家の庭先で、幹は見えず枝々が伸び放題に小さな山を作っている。

                 

                 

                      

                 

                           
                           

                 

                 

                 ちょっとだけ北にあるが、珍しい。

                 クリスマスホーリー(西洋柊)というらしい。

                 リースにしたのを見たことがあったかな。

                 

                 

                 こんな季節だから、赤い実は私を代弁してくれそうだ。

                 その赤い実の一枝を手元に置きたいと、花(実)盗人になった。

                 柊の葉には棘があり、ちくりと咎められた。

                 

                 

                 

                Posted by : 桜の好きなKOMUT | もん・さいじき | 23:29 | comments(0) | trackbacks(0) | -
                10代ソネット
                0

                   

                   まだ松の内、気もそぞろに、高校は授業を開始した。

                   そうはいっても、正月気分が抜けているはずがない。

                   

                   普通科の生徒ながら私が関わる3年生は、各種推薦により短大を含めた大学への進学を決めている者、専門学校や就職先が確定している生徒 ・・・。そして、来週入試センター試験を受ける者もいる。

                   それはそれで、彼らの3年間の成果なのだ。                                       

                   

                   私は私で、残された短い時間に、その試験から進学先を

                  決める生徒に、2月上旬に休みに入り3月1日に卒業して

                  いく生徒に、今この時期に〈何を、どう、話すべきか、

                  12月末から迷っていた。〉― その1時間だけのことだ。

                  (次から試験問題に挑戦だから。)

                   

                   

                    現代文の授業でも、古典の授業でも、「安倍内閣総

                   理大臣の年頭所感」と「安倍内閣総理大臣の年頭記者

                   会見(冒頭発言)」を選んだ。―決して、私はその趣旨

                   の推進にあるべき位置にはいない。

                   

                    社会科における知識を活用し、国語辞書でも引いて

                  くれれば、それでいいと自らを納得させていた。

                   

                   古典の授業では、所感の冒頭で引用した昭和62年の歌会始における昭和天皇の歌を解説した。

                      

                    「 わが国の たちなほり来し 年々に あけぼのすぎの 木のびにけり 」

                   

                   大意から時代背景、文法事項まで話せば、センター試験までカバーできると、私なりの結論を持っていた。

                   

                   

                    

                   後半の時間に、石下典子さん(地方紙増補版読者登壇<文芸>の選者)の詩を解説した。

                   

                       10代ソネット

                       回青橙(かいせいとう)

                    

                    ぱつぱつとしたみかん色に爪をたて

                    爪を割り入れさせない硬さに刃をいれた

                    果肉の陽だまりからしたたるを

                    啜り込むとおもわず身をよじる

                    黄熱しても

                    落果しないダイダイは数年なり続け

                    一つの木に新旧の実がなる         

                    代々繁栄の縁起もの

                    座りどころのわるい丸さで

                    顔色もさえない果実の翌春

                       また青みどりになって

                    白い花と葉色に隠れて腐らない

                    いくたびかの青さと老熟の

                    真剣でひたむきな一念は

                   

                   

                    【 選者短信 】

                   

                      新年おめでとうございます。

                      ひたむきな一年を期待して、ご挨拶申し上げます。

                   

                   

                   

                   

                   10代(に捧げる)ソネット(14行詩)を、中原中也などにも触れて、周囲の10代に向ける期待だと解説した。


                   

                   

                   

                  Posted by : 桜の好きなKOMUT | もん・さいじき | 22:48 | comments(0) | trackbacks(0) | -
                  新年の日の出
                  0

                     

                     来たるべき歳の良からんことを最初に念ずるのは、元旦の日の出に向かった時のことだろう。

                     それは、実は何日の前から考えていることなのだ。

                     

                     瞬間的な出来事ではあるが少々感激を伴い、後までちょっとの間でいいから、記憶にとどめておきたいと思うことでもある。

                     

                     

                           

                     

                     

                     顔を出す瞬間と合っていないのか、鮮明さに欠けている。

                     雲が出たせいか。

                     今年の幸運を願って、深く拝んだ。

                     

                     

                     朝7時に近い時間帯であったが、真っ白な霜の中で寒かった。

                     きれいな黄金色の空からの拝顔できるのを待っていた。

                     

                     

                           

                     

                     

                     いち早く見よう(会おう)としてあちこち出かけるが、今年は住んでいる辺りで最も高いだろう所を選んで、自ら近づこうとした。

                     空気が冷えて、しいーんと静まり返っていて、神々しい。

                     

                     

                                                              

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                     

                        国道461号沿いの山間の家々
                     

                     

                     

                     

                    Posted by : 桜の好きなKOMUT | もん・さいじき | 15:42 | comments(0) | trackbacks(0) | -
                    年賀状が書けない
                    0

                       

                       今年も、あと3日を残すのみとなった。。

                       

                       仕事をしてきたからと、

                         お世話になったところへの挨拶は最低限で、

                         掃除はそこそこでいい、

                         餅は守夫に手伝ってもらって30日に、

                         神棚だけは完璧に、後は見えるところから、

                         普段着のままで歳神様を迎えよう、

                       と自らに言い聞かせていた。

                       

                       それでも、テレビやラジオは否応なしに年末の慌ただしさを加速させている。どうして、堅実な道を選ぶ方法を身に付けて来なかったのかと思う。

                       カウントダウンをされると、なお一層手も足も出ない。

                       もう、12月1日頃の延長で勘弁して貰うしかない。

                       

                       

                       地元紙の4こま漫画あんずちゃんまで、私を急かす。

                       

                       あんずのおじいちゃんが、「遅くなったけど、年賀状が書き終わった。」というのがあった。まだ遅くない。私は、これが一番苦手なのだ。

                       

                             
                            

                       

                       

                       年が明けてから住所録を出しているのを常としてきた。

                       

                       

                       この地方紙soonの「読者登壇」に年賀状の話題があった。

                       

                            「たった1枚」になった年の賀状(男性・64歳)

                          かつて返信を一切しなかったことがありました。徐々に年賀状は

                         少なくなり、とうとう1枚になりました。「先制お元気ですか。近

                         くにいらっしゃいました際には、ぜひお寄り下さい。」次の年も

                         「先生お元気ですか。」の1枚。部活動の指導で忙しいこともあっ

                         て、心配りが出来ませんでした。―私の命が絶えたとき、棺に彼女

                         の年賀状を入れたいと思います。・・・。

                       

                       

                            「大変だが楽しい年賀状を書く季節」(男性・80歳)

                          私は毎年版画で年賀状を作っている。版画だけでは自分の気持ち

                         を伝えることは出来ないので、文章を書くスペースを明けておく。

                         昔の友人や教え子などの顔を思い浮かべながら、一枚一枚丁寧に言

                         葉を書き入れていく。それはそれで、とても楽しい。

                       

                       

                       遙か彼方の話ではないようだ。それだけに、自らの今までの怠け心が恨めしい。

                       年が明けても、あの友人や、あの子どもたちには出来る限り早く書こう。

                       いつも通り松の内に、ということになってしまう。

                       

                       

                       

                       

                      Posted by : 桜の好きなKOMUT | もん・さいじき | 22:59 | comments(0) | trackbacks(0) | -
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