さくらは西行の桜か、醍醐桜か、ある山桜か・・・。周りに起こる出来事から
自らの過去・現在・未来の生への執着・悔恨・不条理・謝罪・希望・理想を綴り、
自らの生の確認としたい。
自然素材に誘われて
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     2週間程前に、自家栽培の野菜を使った家庭料理を食べに行こうと誘われていた。昼食に行くのに、9時になったら予報通りの強い雨。

     

     それでも、彼にとっては1週間に一度の休みだから、今にもアクセルを踏んで出発しそうに待っていた。

     そう、彼は月に1回、私の少ない髪を整えてくれる barbar's 。

     私が一番血の気が多かった頃の教え子で、彼は大人しい生徒だった。

     

     

     矢板市の「ののか」と聞いていたから、検索するとすぐ分かった。

     今日は雨が強かったので外でカメラを持ちたくなかった。「栃ナビ」に「野の香」があったから、ここにその店の外観を置くことにする。こんな天気なのに、ミドルのお姉さんやおばあちゃんたちで一杯。

     

     

      安全・安心な自家栽培の野菜を使っ

     た家庭料理の店です。化学調味料も

     一切使わずに仕上げています。野菜

     は無農薬・無化学肥料で育てていま

     す。「安心・安全な食材で作る」

     それが野の香のランチの特徴です。

     ドライフラワーや自家栽培野菜の販

     売もしています。(栃ナビ)

     

     

     

     今日のメインは鶏。何でも佐賀県産だったか、そこの地鶏だとか。

     焼いて、ドレッシングをかけた水菜などが乗せてある。

     

     

      

               

                                                   テーブルが黒で映えない

     

     

     7つの鉢に前菜の盛り合わせ。野菜が中心だ。これが、自前の無農薬・無化学肥料だ。料理を一通り揃えると、野菜の取り入れだと行って主人は雨の中へ出ていった。

     主菜は肉・魚から選べるが、その鶏にした。鰈かれいの煮付けで、酒もよかったのだか。ご飯も玄米、白米のあるが、雑穀米にした。

     見た目にも健康的だと分かることが、美味しさを加えている。それを店の方も丁寧に説明をしてくれる。

                                    

     最もいいのは、時の過ぎるのを考えずに、   

    今までには少なかったゆっくりと食べている

    ことなのだろう。

     

     

     

     

     

     

    Posted by : 桜の好きなKOMUT | もん・さいじき | 21:33 | comments(0) | trackbacks(0) | -
    古きは忘れらる
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       17時で、勤務期限が完了した。

       取り立てて宣言するほどのことでもないが、自分を拘束する要素がなくなっているだろうことが嬉しい。

       

       33年間小中学校に勤務した後、県立高校の講師を3年間務めた。

       地方の小中学校は、過疎化・小規模化によって統合・廃校を繰り返し、「学力向上」よりも「現状維持・体力温存」を重視するような環境になっていた。

       

       普段あまり勉強をしてはいなかったが、大学で習得した古典文学の価値や、その上塗りとしての大学院での文学教育の方法の研究を、どこかで講義したいと考えていた。そして定年間もなくの3年前、高校講師の場を得た。

       

       

            

       

        

       いざ高校へ行ってみると、生徒はあまり勉強の態勢にいなかった。ばりばりの進学校ではなかったこともあろう。

       「国語にあって、古典B・源氏物語は簡単な英語より難しい。」という高校生の洗礼にあった。それは3年間続いた。

       

       自らの高校時代の思い出やマスコミ等が伝える情報からやる気も募ったが、期待が裏切られるのに長い時間は要さなかった。

       

       

        大学でも同じ。授業中の居眠りと私語が蔓延って文学

       部が縮小しているという嘆きにあった。左著書。

        「これに対して他校の教員が、『文学を学ぶ意欲のあ

       る学生を選び、良質の教員だけを集めて大学を作ったら

       どうか』との提言を受けざるを得ない」と言っている。
       

       学びたいものがある大学に入った学生でも同じなのだ。

       

         平成元年、社会の変化に自ら対応できる心豊かな人間の育成として、

        「生活科の新設」

       

         平成10〜11年 自ら学び自ら考える力(学び手の興味関心の重視)など

        の[生きる力]の育成として、「総合的な学習の時間」の新設

       

       これら指導要領が求める児童生徒像に向かって真面目に指導してきたことが、「面白いことだけを学ぶ」世代を育ててきた。私もその一人なのだが。

       

       

       しょんぼり  これからも、古いものは少しずつ削られていくだろう。児童生徒の

         興味関心は拡散するばかりで、将来に向かって実を結ぶような教育が

         行われにくい環境は進行してしまうだろう。

          PCにもスマホにも、英語を和訳してくれる無料のアプリがある。

         古典文には、そんな便利なものか見当たらない。探す学習者もない。

          意欲ある者を集めて「塾」をつくる以外ない。

       

       

       

      Posted by : 桜の好きなKOMUT | もん・さいじき | 23:02 | comments(0) | trackbacks(0) | -
      地元高校小規模「特例校」に
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         この春小学校に入学する子は、今ごろどんなにかその日を待ち遠しく過ごしていることだろう。中高進学だって、具体的な準備も始まっている。

         

         そんな時、栃木県教育委員会が、1学年4学級以上の適正規模の確保が難しい小規模高校を「特例校」として、当面維持すると発表した。(県北西部と東部の6校 第2期県立高校再編計画)

           馬頭 日光明峰       計画初年度の2018年度から導入

           益子芳星 茂木 黒羽 那須 地域中学卒業者数・入学者数から判断

         

         

               馬頭高 HPより

         

         

         県教委の定例会での議決を経た公表だ。

         18〜22年度の新たな計画で、中山間地域など通学に不便な環境で、近隣にほかの高校がない場合を特例校とし、1学年3学級もしくは2学級で生徒を募集する。

         3学級特例校となった後も入学者が募集定員を下回り、生徒の確保が困難な場合は統合か2学級特例校とする。2学級特例校として生徒を募集して3年目以降、入学者が2年連続で募集定員の3分の2未満となった場合は原則として統合が検討される。

         

         私の母校は隣の那須烏山市にあった。09年に男子校・女子校が統合して、今春再び定員割れを起こしている。第1期県立高校再編計画の犠牲になった。

         


          小規模県立高校の救済策として、「特例校」という新

         しい仕組みを打ち出した。地方創生の拠点ともなる高校

         を維持しようと、地元に最大限配慮したという。

         

          要するに、小規模校を維持していく経費を削減したい

         だけだ。その段階を既成事実にしようとして。

          「教育劣位社会」の典型と発端をみるようだ。

         

          入学者が少ないのは、地域の人口減少が最大の理由。

         

         

         交通の便が改善されていても保護者の負担は増大する。

         教育の質とともに、教育の機会確保されなければならない。

         

            ♪ 他県の例なども見えているだろうが ・・・。

              どうしても、小規模校に使う経費を削減したいのか。

         

         

         にじ 那珂川町では、馬頭高存続支援へ同窓会やPTA、自治会などでつく

          る「考える会」が発足した。

           定員割れが続くなどに危機感を募らせていた会は、「馬頭高校の存続

          が町の地域振興に不可欠」とする要望書を町に提出した。

         

         Docomo88 私立中学高校連合会(船田元会長)のコメント

            高校教育の質を維持するためには、適正規模が困難な場合は小規模特

           例校の設置によらず、県立高の統廃合を進めるべき。特例校維持のため

           に、自治体が公費を投入することは、公私間格差を招き望ましくない。

         

         

         宇宮東などでやっている併設型中高一貫教育校

        ではなく、中等教育学校(6年間を一体的に学ぶ)や

        連携型一貫校ではどうだ。

         「改正学校教育法」の成立による「義務教育学校」

        (今春小山市に創設)が許される、LRTのために小学

        校が建てられるだから、なんでもありじゃないか。

         

         

         

        Posted by : 桜の好きなKOMUT | もん・さいじき | 23:40 | comments(0) | trackbacks(0) | -
        沈む月も
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           たくさんの文字の中に、こんな挿絵を見つけた。

           いや、置かれていた。というのは、文字との脈絡がなさそうだった。

           

           

            紙のせいか、あまり鮮明ではない。

            「月沈」と題があって、モノクロだから、

           それは当たり前のことなのかもしれない。

            「月沈」という言葉は、辞書にない。

            対照的な「日昇」もなく、このカットを描いた

           人の、その時の心境なのだろう。

            丸く大きく輝く月のイメージはないが、特に

           「落ちゆく」ことよりも、静かな時の流れを感じ

           させられるのは、私かただ見る人だからなのか。

           

           

           「月」は、雪・月・花という自然の美しい景物を指す語だ。

           古来和歌などでは、「雪月花」と一つの景色として、これら三種を一度に取り合わせたものを指す言葉だった。

           

           

                 3月半ばの朝

           

           

           音読語としては「雪月花」(せつげつか)が用いられることが多いが、和語としては「月雪花」(つきゆきはな)の順で用いることが伝統的だ。

           現代では伝統的な日本の美の感覚を連想させる語として、様々な場所で用いられている。

           これは、そういう「月」だ。

           

           

          Posted by : 桜の好きなKOMUT | もん・さいじき | 22:55 | comments(0) | trackbacks(0) | -
          風邪か花粉症か
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             ある場所を尋ねた。             

             受付があって、女性がいた。

             服装も春を間近にした季節にぴったり、「こんにちは。」

            の挨拶も、穏やかな雰囲気を醸し出している。

             出来たら案内して下さいと言いたいくらいだ。

             

             マスクは、風邪ですか、花粉症ですか ・・・。

             

             

             高校生が短い論文形式の作文を書くのを見た。

             書き出しは、こうだった。

             

                 私はマスクをして接客することに反対だ。マスクをして接客する

                と、店員の顔があまり見えず不安につながるからだ。確かに、店員

                がもし風邪を引いていて、咳をしながら接客されたら気分はよくな

                い。特に、飲食店で料理を運ぶときに、咳がかかってしまったら、

                その店に行きたいとは思わなくなってしまう。

             

             

                  

             

             

             風邪なら、そういう場所に出ないようにしたらどうか提案している。

             どうも、その人の表情の見えないのが不安なようだ。

             

             私と反対の意見を持っている人もいると思うが ・・・としながら、次のように結んでいる。

                                                    

                 マスクをしないことによって好印象を与え

                よい接客をしたら顔も覚えてもらえて、個人   

                にもお店にも好感度アップにつながると思う。

             

                          カウンターの向こうの髭の方が嫌だ

             

             

             風邪の人もあるだろう、花粉症の人もあるだろう、

            マスク姿が溢れている。               

             

             こういう普通の考えも少なくないことに安心する。

             目は口ほどにものを言うとも。その人の持つ雰囲気が好印象を与え、

            思いの外生活を豊かにしているのではないだろうか。

             

             

             

            Posted by : 桜の好きなKOMUT | もん・さいじき | 23:15 | comments(0) | trackbacks(0) | -
            震災6年
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               東日本大震災から間もなく6年になる。

               様々に報告されて、被害の大きさと、まだ復興していないことを思い知らされる。その度、自分は何もしてはいないと、心の隅で悔いても来た。

               

                東北の被災3県で、3万3748世帯、7万1113人がいま

               

                だに仮設住宅での生活を余儀なくされている。岩手、宮城両県は仮設

                からの退去が進んでいるが、福島県は原発事故の影響で先行きを見通

                せずにいる。(河北新報)

               

               

               こんなニュースも読んだ。

                東電福島第一原発事故の賠償費        

                 電気代での1世帯あたりの負担額を試算 

                                   
               事故の賠償費は、原発を持つ東電以外の電力会社も負担している。

               

               家庭の電気料金でまかなっている7社について、朝日新聞が取材を

              もとに国の家計調査を当てはめて試算したところ、1世帯当たり年

              約587〜1,484円を負担している概算となった。

               

               家庭の負担額は料金内訳が書かれた検針票には示されず、利用者の

              目には届かない。(朝日デジ)

                                        

               

                いまだに苦しむ東北の人々。かつての生活を取り戻

               そうと動く自治体、ボランティアの必死な姿。

                自分は、加わっていない負い目を少し感じていた。

                (実際には、我が家も土台から揺すられ、瓦の屋根ま

                 で多大な被害を被っていた。)

               

                 ― 電気料金から考えると、負担している。0.25円/1kWh

                   勘弁して貰おう。

               

               

               そういえば、福島第一原発事故後の混乱の中で制度ができたんだった。

               そして、本来は東電が負担するべき賠償費を多くの消費者が自覚のないまま一般の電気料金から回収されている。

               

               (東北の人たちが困っているのも事実、まだ復興までいっていないが) 消費者が原発事故の問題に向き合うためにも、国や電力会社はもっと一人一人の負担が見える形にするべきだ。

               

               

               

              Posted by : 桜の好きなKOMUT | もん・さいじき | 20:34 | comments(0) | trackbacks(0) | -
              「モノ」への執着は技術革新から
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                 時代は「モノ消費」から「コト消費」へ――。

                 市場は成熟し、すでに必要な「モノ」はほとんど手に入り、人々の関心は、「モノ」の所有欲を満たすことから、経験や体験、思い出、人間関係、サービスなどの目に見えない価値である「コト」に移行してきている、と言われている。。

                 

                 コンパクトデジタルカメラを買った。落として、撮影が出来ないこともないが、ちょっといい写真が撮れそうだったから。

                 

                      

                            OLYNPUS FE-4020 & SH-3

                 

                 梅の木を5m離れて、28mmで撮影する。そして、マクロで。

                 

                     

                 

                               

                 

                    FE−4020はボケル

                 

                               

                 

                 (ボケは、FE-4020のレンズが白へのピント合せが苦手なのだ。)

                 望遠だと差が出る。105mmと600mm。400万画素と1680万画素。

                 siz 約10.0×2.0×5.5h=130g  約10.5×2.5×6.0h=270g少し重い。

                 

                 他社の物と大した違いはない。が、OLYMPUS が好きなのだ。

                 

                 小型・軽量のミラーレス一眼を、コンパクトデジカメ感覚で使おうと、「PEN EPM2」を持っている。(2012年から)

                 10.5mm×2.5mm×6.0mmh=425g「タッチAFシャッター」や「ストライプスクリーン」がいい。動画も可だがあまり使わない。

                 

                    E-PM2  

                 

                                E-P2

                 

                 オリンパスは、2009年に「マイクロフォーサーズシステム規格」に準拠した世界最小・最軽量の一眼レフ「オリンパス・ペンE-P1」を発売。

                 さらに一眼を常に持ち歩ける小型軽量ボディー、上質な外装仕上げ、一眼としての高画質、すべてにおいて新しいミラーレス一眼「E-p2」を出した。これに飛び付いた。12.0×3.0×6.5mmh=552g

                 

                 小さくて気軽に持ち歩ける物に執着してきた。

                 撮影の仕方がへたでも、「目で見るように、撮すことが出来る」カメラに近づいている。

                 

                 

                 

                Posted by : 桜の好きなKOMUT | もん・さいじき | 19:18 | comments(0) | trackbacks(0) | -
                和歌に託す
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                   JTが、「ひとのときを、想う。」というコマーシャルをやっている。

                   6篇の「日本のひとときシリーズ」で、茶道篇、(和食篇)、折鶴篇、水引篇、和歌篇、華道篇と呼べるだろうか。

                   

                   その和歌篇が気になって、繰り返して聞いてしまった。

                   30秒くらいの間だから、見逃し、聞き逃してしまう。

                   

                   
                           
                         
                                       いとおしい人のことを想って和歌を詠む。
                          和歌はラブレターでした。
                       
                      
                     

                     会えない時間は、会っていない時間より、

                     人を想っている。
                   
                   短い言葉が、端的に言い表している。
                   たどたどしい日本語が、一層こころに痛い。
                   
                   
                   
                          
                                                           
                                                              
                                                                    
                   この間、私が『伊勢物語』の第一段「初冠」を使って話したかったのは、こういうものだった。
                   千年ほど遡ってみて、ああ私たちはこの遺伝子を受け継いでいるはずだと思うのだ。
                   今度は、これを使ってやってみようか。
                                                                    
                                                                   
                   
                      ブログを始めて4年と294日、500記事目だった。
                  Posted by : 桜の好きなKOMUT | もん・さいじき | 23:34 | comments(0) | trackbacks(0) | -
                  今時の芥川賞
                  0

                     

                     「芥川賞、すごいなぁと。ちょっとびっくりしています。それと、ちょっとホッとしているのと……。まぁ以上です。」 第156回芥川賞受賞者記者会見の山下澄人さんの「今の心境」だと。

                     

                     この選考結果などを選考委員の吉田修一さん告げた。

                     「しんせかい」は山下さんが高校卒業後に学んだ脚

                    本家倉本聡さんの「富良野塾」での体験を題材にした自

                    伝的小説。主人公は狭い共同体にいても周囲と同化せ

                    ず、浮き上がりもしない。「王道の青春小説として面

                    白く読めるだけでなく、『冷やされた言葉』で書かれ

                    ているのが新鮮という声があった。」 (YOMIURI ON LINE)

                     

                     本文冒頭はネットでも。私は、それしか読まない。

                     新潮社のHPでは。

                       十代の終わり、遠く見知らぬ土地での、痛切でかけがえのない経験―

                    19歳の山下スミトは演劇塾で学ぶため、船に乗って北を目指す。辿り着いた

                    その先は【谷】と呼ばれ、俳優や脚本家を目指す若者たちが自給自足の共同

                    生活を営んでいた。苛酷な肉体労働、【先生】との軋轢、そして地元の女性

                    と同期との間で揺れ動く思い。気鋭作家が自らの原点と初めて向き合い、記

                    憶の痛みに貫かれながら綴った渾身作!

                     

                     しょんぼり 私は読まない。

                       

                       倉本聡が描いた「富良野塾」のドラマ化「北の国から」を視聴した後の

                      感想を毎週毎週話す同僚に辟易して以来、この関連が大嫌いになった。

                       我慢して読んだ又吉直樹「火花」、村田沙耶香「コンビニ人間」の系列だ

                      ろうと思うから。

                     
                         期待はしていなかったが、  村田沙耶香「コンビニ人間」に、評論家小

                      谷野敦氏が、「芥川賞史上最高レベルに面白い」「史上三本の指に入る 

                      面白さ」と絶賛していた。
                     

                                               

                      時代を反映している。

                      人まで、convenient な物にしてしまったか。 

                       
                     

                     その2015年のJーPOPの年間売り上げランキングNo1は、AKBー48の「僕たちは戦わない」(作詞秋元康 作曲YoーHey 178万枚)だった。どんな歌か分からない。聞かないから。

                     

                     遡ること35年、1980年の一位は、久保田早紀の「異邦人」だった。

                       「子供たちが空に向かい両手を広げ ・・・」という歌い出しの曲は

                       一人歩きしていることに戸惑うほどだ当初には想定していなかっ

                       たエキゾチックなイメージを加味し、シルクロードのイメージを

                       増幅させるため民族楽器も本曲に使用されて、インパクトのある

                       中東風の雰囲気が漂っていた。」という。(140万枚)

                     

                     

                     この80年代には、20回のうち9回で「該当作品なし」だった。

                     受賞者で今も書き続け、その作品を見かける人は少ない。

                     その前に、有名なのが連なっている。

                       古井由吉「杳子」 李恢成「砧をうつ女」

                       山本道子「ベティさんの庭」 郷静子「れくいえむ」 三木卓「鶸」

                       野呂邦暢「草のつるぎ」森敦「月山」畑山博「いつか汽笛を鳴らして」

                       日野啓三「あの夕陽」 林京子「祭りの場」 中上健次「岬」

                       岡松和夫「志賀島」 村上龍「限りなく透明に近いブルー」

                       三田誠広「僕って何」 池田満寿夫「エーゲ海に捧ぐ」

                       宮本輝「螢川」 高橋揆一郎「伸予」 高橋三千綱「九月の空」

                     

                     

                     八〇年代は、世の中全体が浮かれていたバブルの時代。サッチャリズム、レーガノミックスが台頭し、「小さな政府」を標榜する新自由主義経済への道が開かれた時代。雑誌文化が興隆をきわめ、メディアが教えるスポットに若者たちが群がったマニュアル文化の時代。マンガやアニメが「子ども文化」の枠から離脱し、家庭用ゲーム機という新ジャンルが誕生したサブカルチャーの時代。構造主義やポスト構造主義に関心が集まり、・・・現代思想がオシャレに感じられた時代。以下略

                     

                       読書へ誘導する魅力を感じる小説が生まれないのは時代のせいか。

                     

                     偏見かもしれない。

                     芥川賞の選考基準などを再確認して、止めることにする。

                     

                       菊池寛の「話の屑籠」によって、純文学の新人賞と

                      して設けられ、話題性の高さをジャーナリズムが採り

                      上げ続けてきた。たびたびベストセラーも創りだした

                      が、そのジャーナリスティックな性格がしばしば批判

                      の的になっきた。

                       忘れているのが、「群像新人賞をとってから」など

                      「雑誌の宣伝」にやっているということだ。

                     

                     その商業的な性格を認めて公的な性格を与えるために、財団法人日本文学振興会を創設したが、財源は文藝春秋の寄付に拠っていて、役員も主に文藝春秋の関係者、選考委員にも偏りがあり「終身制」なども批判されてきた。

                       

                     

                     『逆行』で第1回芥川賞候補となったが落選した太宰治について、選考委員の川端康成(1935〜70年選考委員)が、「作者、目下の生活に厭な雲あり。」と私生活を評したのからみると、やはり「作品」より「作者」だったのか。

                     太宰は、「小鳥を飼い、舞踏を見るのがそんなに立派な生活なのか。」と文芸雑誌『文藝通信』10月号で反撃した。この年、佐藤春夫を知り師事する。佐藤も選考委員であり、第1回の選考時には太宰を高く評価していた。

                     (太宰は建設的な生活をしてはいなかったようだが、パビナール中毒は前年の腹膜炎の手術時の痛み止めから中毒したものらしい。)

                     

                     

                    Posted by : 桜の好きなKOMUT | もん・さいじき | 19:41 | comments(0) | trackbacks(0) | -
                    春一歩
                    0

                       

                       立春に、遅過ぎた寒中見舞いの礼の声を聞いた。

                       相手には見えないが、顔から火が出る思いだ。

                       スマホと一緒に頭を下げているのは、向こうには見えない。

                       

                       やっと紅梅が一輪、二輪咲いたところだ。

                       あの強い香りに誘われて、摘まんでテーブルにおいてしまった。

                       

                         しべに見とれて、時が進む。

                       

                       

                       

                       風もなくて、気温が上がった。

                       やはり、全国的に立春か ・・・。

                       

                       そんな時、河津桜が咲いたというニュースを見つけた。

                       

                            

                             神奈川県中井町北田

                       

                         中井町北田の旧大山街道で沿道に並ぶ15本の河津桜がほころび

                        始め、濃いピンク色に彩られた光景が春の足音を感じさせている。

                        桜は近くに住む住民(82)が15年前、初の内孫の誕生を祝い、伊豆大

                        島を遠望する丘に植えた。

                         今季は例年より2週間ほど開花が早く、1月下旬頃に咲き始めた

                        という。「高校受験の孫も結果が花開くように願っています。」と、青

                        空に映える花々を見上げていた。(4日 神奈川新聞 暮らしの話題 )

                       

                       

                       日本橋眦膕阿任31日までの、島田恭子の今年の桜を見逃していた。

                       いくつか画像で見たが、新しいのがあったのを確かめていたが ・・・。

                       

                       

                       昨年も、前後して河津へ、沖縄へと、河津桜・緋寒桜と見に行った。

                       今年も、この河津桜を「桜巡礼」の始まりにしたいものだ。

                       

                       

                       

                      Posted by : 桜の好きなKOMUT | もん・さいじき | 23:05 | comments(0) | trackbacks(0) | -
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