さくらは西行の桜か、醍醐桜か、ある山桜か・・・。周りに起こる出来事から
自らの過去・現在・未来の生への執着・悔恨・不条理・謝罪・希望・理想を綴り、
自らの生の確認としたい。
メダカ愉し
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     「楊貴妃ヨウキヒ」という種のメダカを貰った。

        海老先輩からだから頂いたというべきか。

     

     玄関前の手水鉢に入れてみた。

     

     

         

     

     

     なかなか可愛いものだ。

     オレンジ色の彼らは、私の眺めるのを飽きらせないほどに、元気に泳ぎ回っている。

     

     

     田や畑の中、山の近くに住んでいるから、サギなどの野鳥が来ないかと、

    今でも少し心配をしている。

     

     

         

     

     

     けっこう面白い。

     楊貴妃1種だが、大きさが様々であるように動きもそれぞれで、見る私の目はつい追いかけてしまう。

     飼うのにあまり手間がかからないと言われていたので安心している。

     

     

                

     

     繁殖力も旺盛で、この時期なら1日

    もしたら卵を産み出すだろうと言われ

    ている。これも楽しみだ。

     

     メダカは、愉しい。

     

     

     

     

    Posted by : 桜の好きなKOMUT | もん・さいじき | 18:13 | comments(0) | trackbacks(0) | -
    辞める必要がある
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       学校法人「加計学園」の獣医学部新設をめぐる問題で、愛媛県が21日、2015年4月2日に首相官邸で行われた柳瀬唯夫・元首相秘書官と同県職員らの面会に関連する新たな記録文書を参院予算委員会に提出した。すでに判明している文書とは別に、県が庁内を再調査した結果、見つかったものが含まれているという。(朝日デジなど)

       

       

              愛媛県知事 

       

       

          獣医学部新設をめぐり、安倍晋三首相が3年前の平成27年2月、

         学園の加計孝太郎理事長と面談し、獣医学部新設構想の説明を受け

         たとする新たな内部文書だ。

       

          県職員が2017年3月3日に学園関係者と打ち合わせを行った際に、

         学園側から「2月25日に理事長が首相と15分程度面談した。」

         との報告を受けたと。

       

          加計氏は「今治市に設置予定の獣医学部では、国際水準の獣医学

         教育を目指す。」などと説明し、首相は「そういう新しい獣医大学

         の考えはいいね。」とコメントしたと記されているという。

       

          「安倍総理と加計学園理事長が先日会食した際に、獣医師養成系

         大学の設置について地元の動きが鈍いとの話が出た。」とも記され

         ていた。会食の時期は書かれていない。


           **首相はこれまでの国会答弁で、学園の獣医学部構想を

             知った時期を「2019年1月20日」と説明している。**

       

       

       22日朝、安倍首相は急遽首相官邸で記者団の取材に応じ、愛媛県の文書を真っ向から否定した。

        「ご指摘の日に加計理事長と会ったことはない。念のため昨日、官邸の

         記録を調べたが、確認できなかった。」

       

       

              記憶も記録もないと

       

       

           その後、菅官房長官は記者会見で「(官邸に入る際に氏名や面会

          相手などを記す)入邸記録は業務終了後速やかに廃棄される取り扱

          いとなっており、残っていなかった。」と説明した。

       

           政権幹部は「新聞に掲載される『首相動静』にも載っていない。」

          と強調している。

       

           **これらを矛盾だと考えていないのか …。**

       

       流行語になった「忖度」。

       他人の考えを推察して実行する「忖度」による行為は、ちょっと忠誠心などを背景にした行為と見える。しかしそうでないことは明らかだ。実は忖度する者の出世欲、金銭欲、競争心、嫉妬、見栄、意地の悪さ、復讐心、欲望などの現れだ。

       

       官僚たちの違法行為も辞さぬ「忖度」は、国家のためという建前をちらつかせながらも、個人的な昇進や経済的利得の計算に強く動機づけられているように感じられる。

       

       

          国会も混乱

       

       

       野党が欠席の審議、審議なしの強行採決などと国会を混乱させてきた。これは、「関与」がなくても忖度されたリーダーは、それだけで辞任すべきだという証だ。
       総選挙に勝って、一強を誇示した。このリーダーの周辺に忖度が起こるとき、そのリーダーは一見強力に見えるが、忖度がもたらす混乱を収拾できない。さらにリーダーの意向を忖度する行動が蔓延する。

       

       **首相、辞め時だ。**

       

       

       

       

      Posted by : 桜の好きなKOMUT | もん・さいじき | 22:14 | comments(0) | trackbacks(0) | -
      白い花が見頃と
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         白い花が見頃だと画像が告げている。soon

         

         

           愛らしいサラソウジュ 

              那須の三光寺

         

           見頃を迎えたサラソウジュ

         

              と見出しが添えられている。

         

         

           新聞紙面からなので、きれいな画像

          ではなくて残念だ。話題にして、記事

          に(を書いた人にも)申し訳ない。


         

           白い房状の花で、小さな花を20個くらい下向きに付ける。

           大きい樹らしいからたくさん咲いていて見事だろう。

         

         

         「サラソウジュ(沙羅双樹)」は、仏教では、「無憂樹ムユウジュ」、「印度菩提樹インドボダイジュ」と並んで三大聖木の一つ。釈迦が亡くなったときに、2本の沙羅双樹が近くに植えられたことにちなんで名付けられたとされている。Wikipedia

         

         

              夏椿

         

         

            ハクウンボク 白雲木

         

         

         私(たち)は、この夏椿を沙羅双樹と呼んでいる。そして、先の「サラソウジュ」は、白雲木と呼んでいるものだ。

         

         

         小乗仏教を信仰する国では、沙羅双樹は「ホウガンノキ」であるとされている。寒さに弱く、日本で育てることはできないので、沙羅双樹の代用として、日本では夏椿が植えられた。理由は不明だ。

         平家物語の冒頭に詠まれている沙羅双樹は、花を一日で落とすことに人生の儚さが感じられるからだとか諸説ある。

         

         一方白雲木は、その花や咲き方が沙羅双樹は「ホウガンノキ」に似ているので、庭や寺などに植えられたのだろう。

         ここの住職、「お釈迦様に因んだ木なので大切に育てている。」と。

         

         

         どちらも、花の下に入ると淡い甘い香りがする。

         夏に向かって、白い花が次々に顔を見せる頃だ。

         

         

         

         

        Posted by : 桜の好きなKOMUT | もん・さいじき | 21:11 | comments(0) | trackbacks(0) | -
        5月の空
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           3日前あたりから上がり続けた気温は、今日はとうとう28.6℃までいったらしい。朔日だから、クールビスなどと騒いでいるところもあった。

           

           そこまでになるとは思っていないから、そこここで驚いていた。

           芝の上に出ていた私は、連休らしい流れに辟易していた。

           (ゴルフ場は日頃ゴルフをやらない人たちで溢れ進行が酷く遅かった。)

           

           

           もう、のんびりといくしかない。

           何だったかを考えたり、遠くを眺めたり …。

           

           雲雀が飛び立った。そして、晴れた空に吸い込まれた。

           

           

               

           

           

           

           新川和江の詩が浮かぶほど、のどかだった。

           

                 あこがれ


             どんな一途な あこがれが
               あのように
               ヒバリを飛翔させるのでしょうか

           

             深い井戸に 落ち込むように
             空のふかみに はまってゆく

               どんなせつない願いごとが
               あのように
               ヒバリの のどをふるわせるのでしょうか

           

            

           これで終わりではない。その後が何だったか。

           それで十分だろう。

           

           そうだ。やらなければならないことを思い出した。

           

           

           

           

          Posted by : 桜の好きなKOMUT | もん・さいじき | 22:55 | comments(0) | trackbacks(0) | -
          緑と光を浴びる
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             日の出が早くなってきて、朝日が差し込むのを感じて目が覚め、急かされて起き出す。

             

             朝の空気を吸おうと、外に出る。

             視界の高いところで、新緑が萌える。

             

                 

                  

             

             

             深呼吸する。

             手許で、若葉が光る。

             

                 
                 

             

             

             実は、朝日を浴びるために、日の出とともに起き出したのだ。

             「朝日」によって体内時計をリセットするためだ。

             

                体内時計の微妙なズレを調整して、体調を整えてくれるという。

             

                セロトニンという神経伝達物質が脳内に分泌される。
                  (脳の活動が活発になりプラス思考になる。)


                メロトニンという睡眠を促す物質の分泌を止める。

             

              

             健康な生活をするためには、自らの「脳」を活動しやすくしておくことが大切だと聞いて、まずはここからと思って出来る限りやってみようと思う。

             

             

              もう一つ、朝日に、「今日も一日、無事で暮ら

             せますように。」と、拝むためだ。
              優しくて雄大な朝日であれば、聞いてくれそう

             だが、「念ずれば通ず」の儀式として神妙な気持

             ちで構える。

              心に冷静さも宿るように、とか …。

              

             

             一石「三鳥」くらいな、欲張りな早起きだ。

             

             

             

             

            Posted by : 桜の好きなKOMUT | もん・さいじき | 22:02 | comments(0) | trackbacks(0) | -
            夏への赤始まる
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               強い雨があがったら家の東側で、キリシマが赤を濃くしている。

               

               

                   

               

               昨日の雨までは初夏を思わせる日が続いていたので、やはり2週間は早く咲いた。
               赤も濃く、花の数も増えた。
                               
                                
                                              
                             

               

               

               もう少し思い切って剪定してやれば、もっとスタイルのいい美人のキリシマになるだろう。

               満開の時、いつもそんなことを思う。

                          
                          ◇
                   
                                       
                                                 
               5月の10日だ。キリシマの代わりに、何を供えようか。
                        
                         
               山の自然も、もう夏に向かって赤か始まった。
                         
              Posted by : 桜の好きなKOMUT | もん・さいじき | 20:44 | comments(0) | trackbacks(0) | -
              あきらめない
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                 この間の「春の嵐」が、あの小説でどんなふうに表現されていたかを確かめたくて、その文庫本を探していたら『PHP』が出てきた。

                 高校生の頃読み始めて続けて読んでいたが、このごろは読んでいないはずだ。たまたま読んだものだろう。平成22年7月号。特集「あきらめない」か。

                 

                 

                       

                 

                      松下幸之助の「Pea… Happ…Prosp…」からだ。

                       特集には、多方面から提言や示唆があった。

                       裏表紙は、論旨を短い文で言い表す手本だった。

                 

                 

                 写真や図表も入っている100ページほどの小冊子を、一気に読み干すことになってしまった。

                 

                 

                     

                 

                 

                 高樹のぶ子の「握力の強い女性」を繰り返し読んだ。

                 

                   天才音楽家ショパンと女流作家ジョルジュ・サンドとの関係、ともに

                  過ごし暮らしを話してくれる。

                   結核を患い生と死の間を漂うショパンを力強く抱擁し、安心させて

                  作品世界に飛び立たせながら、ぐいぐいと掴んでこの世に引き戻すこ

                  とを繰り返していたようだ。これを高木は「握力の強い女姓」、「あきら

                  めない女性」と呼んでいる。その力だけでなく、臨機応変に握り方を

                  変え、相手の求める役割を演じながら自分に引き寄せ、抱きかかえる

                  「包容力」があったと言う。また、知性や包容力を上回る「情」を持

                  ち合わせて女性だった、と加える。

                 

                 

                   「こだわれるものが見つかれば、強くなれる。」と言う。

                   人生のキャリアを積んでからの自分らしい、幸せな生き方に3つの

                  要件を示す。

                   ㊀ 本人にしたいことがある (趣味 ボランティア…)

                   ㋥ すべきことである (認められること 求められること…)

                   ㊂ それができる (健康 資金 周囲の支え…)

                 

                 

                 「あきらめない」ぞと、ちょっとだけ勇気が湧いてきたようだ。

                 探しものは、時として別の喜びを見つけたりする。

                 

                 

                 

                 

                Posted by : 桜の好きなKOMUT | もん・さいじき | 22:45 | comments(0) | trackbacks(0) | -
                春分の雪
                0

                   

                   念おもいも供物も特別ではないが、今日は雨が来る前に墓に参らなければならないと思ってきた。

                   弟がそれを察したかのように、黙って付いてきた。

                   

                   帰ってお茶を飲むと雨なった。

                   そして、間もなくやって来る桜の話などをしていると、雪になった。

                   

                   

                     いかにせむ 花まつほどの 淡雪は

                   

                        まなく降れども 積もらざりけり    俊頼
                   

                   

                       

                   

                   

                   すでに十年にはなる亡くした両親の回忌は細かくやってきた。急かされることはないはず …。

                   しかし、母が何か言いた気にしていた暮らしを思い起こすことがあって、仏壇でなく墓に参らなければならないと思っていた。

                   

                   

                    3,4日前に開いた桜に雪が降っただろうか。そん

                   な稀な出来事があるくらいだから、我が身にも何か

                   良いことが起きる前兆に違いないと思いたい。                                                     

                   『螢川』(宮本輝著)で、銀蔵爺は「蛍が降るように出

                   るんじゃ。こんなことは滅多に起こることじゃねぇ。」

                   と言い、竜夫はそれを待ち望みながら暮らす。

                   

                   

                     目標に向かって障害を切り開いてゆく強い姿勢に欠けている。私。

                     それは能力の一つだろうから、今ここに来て、それがいいと言われ

                    ても鍛えようがない。

                   

                   

                   成らずとも、向かった事に価値ありとしよう。

                   

                   「ない」と断ることは、「ある」ということだ。 

                   かつて(2016年Sep.)、JTのCMに、こんなのがあった。

                   

                       https://youtu.be/5XHEzbKUx38

                   

                   私は古典の授業に使ったが、評判はよくなかった。

                   

                   

                   

                   

                  Posted by : 桜の好きなKOMUT | もん・さいじき | 22:10 | comments(0) | trackbacks(0) | -
                  春蘭を食べる
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                     日曜日の疲れは木曜日の今日では、4日が過ぎているから表面的にはほとんど消えている。

                     午後練習していた時間になっても、明確な目標がなくなって走る気が起こらない。  
                       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇
                            
                     ただ近隣の小高い丘や山を歩くだけだ。               
                       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇
                     緑にはまだ間がある。
                     そして静かで、鶯が少し遠くで歌う練習をしている。        
                       △   △   △   △   △
                     足元に春蘭シュンランを見つけて、子どもの頃を思い出す。
                     それを、摘んでくる。
                       △   △   △   △   △
                                ◇     ◇
                             
                       ☆   ☆   ☆   ☆   ☆
                     
                     ランの仲間だから作ったようなきれいな花びらだ。秋の菊と並んで、古来よりその清らかな姿を愛されてきたと解説にある。
                     味わうほどのかさにはならないが、茹でて食べる。
                       ☆   ☆   ☆   ☆   ☆
                                                   ◇     ◇
                           

                     

                       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

                     

                     なかなか面白い歯ごたえだ。ただそれだけ。
                     酢の物にした方がよかった。醬油で食べた。
                     秋の菊と並んで、古来よりその清らかな姿を愛されてきた。   
                       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇
                          みちのべに春蘭花をいとなめり 草城
                       
                       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇
                    Posted by : 桜の好きなKOMUT | もん・さいじき | 22:57 | comments(0) | trackbacks(0) | -
                    小野小町春の雨
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                       やっぱり、雨だ。8日。

                       カーテンを開けると、飛び石が濡れていて確信せざるを得ない。

                       しかも、気温が低いようだ。

                       3月に入って上がり続けた気温は、震えるくらいにとどまるだろう。

                       

                       

                       小さな梅園でも、さぞかし春になっているだろうと行ってみた。11:00

                       那珂川を見渡すところなのに、冷たい。5℃

                       

                       

                            紅梅も震えている

                       

                       

                       春は名のみで、気温が上がっていないから冷たい雨。

                       

                       

                       あの小野小町に春雨の歌があったなあ。

                       

                          春雨のさはにふるごと音もなく

                              人に知られで濡るる袖かな

                       

                                     小野小町「玉葉集」巻九1268恋一   

                       

                       口語訳したら、

                       
                         春雨が沢に降るように音もなく
                          人に知られることのないまま涙に濡れる私の袖よ
                       まだ分かりにくい。
                         (春雨が沢の水に降り注ぐ時には音がしないように、噂にも立たず、
                          人に知られないで、一人恋の苦しさに袖を濡らすことだ。)
                                                                     「和歌文学体系 万代和歌集上」
                       絶世の美女で六歌仙の小野小町が、恋人に恵まれない寂しさを、歌に転化しているというのか。
                       こう読むと、百人一首にもあるあの有名な
                         花の色は うつりにけりな いたづらに
                             わが身世にふる ながめせしまに
                         (桜の花の色は、むなしく衰え色あせてしまった、春の長雨が降って
                          いる間に。ちょうど私の美貌が衰えたように、恋や世間のもろもろ
                          のことに思い悩んでいるうちに。)

                                     小野小町「古今集」春113


                      で、「我が身よにふるながめせしまに」(我が身も老いる。長雨を眺めている間に)と、なぜ長雨を読み込んでいるのかが分かる。

                       

                       小野小町の一生が、決して華やかなものではなかったと、悲しく壮絶で落魄の人生だったと、伝えられている所以だ。

                       

                       我が身に返る。

                       

                       

                       

                      Posted by : 桜の好きなKOMUT | もん・さいじき | 23:08 | comments(0) | trackbacks(0) | -
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